イキシア
第3章 第二章
(そろそろ"あれ"が見えてきてもおかしくないと思うんだけれど……。)
俺は書物で得た知識の糸を必死にたぐり寄せながら、ひたすら上を目指して泳ぎ続けていた。
"あれ"とは『海道(かいどう)』のことだ。
太陽の陽に満ちた光海と、深い闇に沈む暗海には、自然現象によってできた境が存在するという。
それが海道。
潮の流れが微妙に違う二つの海の狭間に生まれる、文字通り、道のような水流。
人間たちの世界では『潮境』や『潮目』とも呼ぶらしい。
(それにしても、ずいぶん魚が増えてきたな。)
徐々に暗海から光海へと近づいている証拠だろう。
見たことのない色とりどりの魚たちが、まるで俺を歓迎するかのようにふわふわと優雅に水中を舞う。
当然だが、俺以外の人魚の姿は見当たらない。
たびたび暗海へ出ては貝やサンゴをとって売る商人たちも、こんなところまでは来ないのだろう。
しばらく辺りをきょろきょろしていると、不意に背中越しから怒声が響いた。
「おいおいっ。
んなとこでぼーっとしてちゃ危ねぇだろうよ!
そこのおめぇさん、ほらどいたどいたあ!」
「えっ……うおぉ!」
慌てて道をあけた俺の真横を、群れをなして泳ぐ魚たちが足早に通り過ぎていった。
"――海道には魚が多く集まるという特徴がある。"
広い海の中を泳ぎ渡る彼らを見ているうちに、本で読んだそんな一節を思い出す。
「そうだ。」
蛇の道はへび。
海を知り尽くしている彼らに海道の位置を聞けばいいのだ。
なぜこんな簡単な方法が思い浮かばなかったのだろう。