テキストサイズ

息もできない

第5章 誰もいない朝

連れて行かれたのは会社からそれ程遠くない少し大きなバーだった

入り口を入って左がカウンター右が割と奥まで広く続くテーブル席がある

俺は店長さんに連れられ1番奥の端にあるテーブル席に座らされた
壁際の俺は横の席までずーっと続くベンチみたいなソファで、店長さんは普通のイスに座った

まだ仕事が終わった人も多くないのか、店内にはお客さんはいなくて奥まったところにいると2人きりになったように錯覚する

なんだか緊張してしまって
相手の話を聞くつもりが俺から話していた

「あのっ!今朝、鍵ポストに入れるの忘れてしまって…申し訳ありませんでした!お返しします」

と小さな机の向かいに座る店長さんに鍵を渡した
店長さんはくすっと笑ってから鍵を受け取った

それからしばらく俺を見つめた

うあ、なんで見てんの
恥ずかしいよ

すると店長さんが口を開いた

「あのさ、昨日言ったこと、嘘じゃないからな?」

癖のある長めの髪をかきあげて俺の目をじっと見つめた

「俺に、俺だけに、甘えていてくれませんか?」
「……」

そーいえば俺
こんなこと言われるの初めてだなぁ

女の子は男が守るものだってら教えられたし

圭太や家族には甘えてたけどいつか迷惑がられるんじゃないかってびくびくしてた

俺だけに甘えて、か

でもこの人ほんとに俺が甘えても迷惑に思わないかな
そもそも会ってから一週間経ってない、のに

信じたいような、でも信じられないような
迷ってしまって俯く

すると
店長さんは俺の横に座り直して身体ごと俺の方を向いた

「おいで?」
「へ?」
「ほら」

と言って腕を引かれ店長さんの膝を跨ぐように座ってそのままぎゅーっと抱き締められた

その辺の人には身長も負けない俺が店長さんだとすっぽりと抱きしめられる

あったかくて
きもちいい

耳元で鳥肌が立つぐらい低くていい声でささやかれる

「迷ってるんでしょ」

ストーリーメニュー

TOPTOPへ