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上司と私

第1章 まるで飼い犬?

社会人って、本当に忙しい。
ものすごく当たり前のことを改めて思い知らされていた。仕事量は増えるのに、人手は減る一方。事務職は楽で良いよねと言っていた友人に見せてやりたいような現状だ。

転職しこの会社に入って2年、おじさま社員が多いここでは28歳という年齢でもかなり若い部類に入る私。美人でもスタイルが良いわけでもないのにちやほやしてくれる人もいるけれど、部長の佐倉さんは私をまるで犬のように扱う。「伊藤!ちょっと来い!」「伊藤!これ食うか?」「伊藤!よくできたな」……怒られることも多いけど、餌付けも忘れないのだ。

私はそんな佐倉さんが好きだった。と言っても向こうは既婚者 、付き合いたいとかそんなことは考えていなかった。こんな先輩になりたいなと思っていたくらいで。実際、人情のあるいい人だし、背が高くてがっちりめの体格、端整な横顔と、他の部署の女子社員からの人気もあるそうな。

そんな嵐のような日常の、とある金曜日。
チームの皆がぱらぱら帰るなか、来週の準備をしていたらいつの間にか遅い時間になっていた。
バキバキの体を伸ばし、今週もがんばった!と自分に激励をして帰り支度をしていると、しきりの向こうから佐倉さんが顔をのぞかせた。
「あ、お疲れさまです!すみません、すぐ帰ります……」
と、先手を打って謝ると、
「まだ何も言ってないだろう。……今週も忙しかったな、お疲れ」
と、苦笑まじりに言葉をくれる。
へへ、とバカみたいに笑みを返した私に、
「乗ってくか?」
と一言。一瞬なんのことか分からずにいる。
「確か家、近いだろう。遅いし乗っけてってやるよ」

神様仏様佐倉様! 電車で一時間半かかる道のりを車で送ってくれるだなんて!!

ようやく理解した。そうだった、佐倉さんとはご近所だったのだ。お互い職場からは遠い場所に住んでいるという話題で盛り上がったのはいつの飲み会だったか……
「ほら、帰るぞ伊藤」
「はい!」
もう犬でもいいかな。疲れた体にはそれくらいありがたいお誘いである。しっぽをふってついていく。……これがすべての始まりとは思わずに。

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