冴えかえりつつ 恋
第5章 春休み
泰弘は桜の木の向こう側に人影をみつけた。
まるで桜の木から抜け出た妖精かと錯覚してしまうほど綺麗で優雅な立ち姿。
ーードキッ‼
「丸山君…⁈」
桜の精は振り向き、泰弘を認めるとパッと笑顔になった。
「あ、岡田さん。おはようございます。」
「す、すごい偶然だね。ひとり?」
「はい、昨日は失礼しました。」
遥暉は丁寧に頭をさげた。
泰弘は遥暉の髪がサラサラと揺れるさまがあまりに綺麗で、目を奪われた。
「岡田さん?」
遥暉が怪訝そうに声をかける。
「あっ、えっ…と、絵、描くの?」
遥暉が小脇に抱えているスケッチブックを指差した。
「はい、下手の横付きですけど…。」
「すごいな、僕はもっぱら見る方だ。」
遥暉は泰弘の足元でフサフサの尻尾を揺すりながら待つ犬に、ゆっくり手の平を差し出した。
「ワンちゃんの名前はなんて言うんですか?」
「アトムだよ。」
犬は鼻先に差し出された手をクンクンと匂いを嗅いでペロリとなめた。
「アトム、フワフワだね。」
遥暉はしゃがみ込んでアトムの首から肩を撫ぜると、アトムが嬉しそうに尻尾を振って遥暉に飛びついた。
「わっ。」
「こらっ、アトム!」
「大丈夫です。かわいいなぁ。」
スケッチブックを放り出し、尻餅をついたままアトムとじゃれている遥暉は無邪気で可愛い。