メビウス~無限∞回路
第5章 闇に在る存在
男は腕で眠る女を投げ捨てる勢いで離し、一心に窓めがけて走りだす。恐怖心の前に理性など意味がないと告げていた。
相手は獣よりもずっと危険であると、男は見た瞬間分かってしまったのだ。
『死』を意識し、走るのだが目の前にある筈の窓に手が届かない。既に幻術に堕ちていることを、男は理解できずに闇雲に走ることで恐怖から逃れようとした。
大きな翼を広げて、ゆったりと歩くのは、捕食生物に恐怖を与える為だろうか。男の焦りをソレは喰らう。銀に光る眼が男の項から肩へと辿り、笑みを浮かべた。
《逃げて見ろよ…》
男の耳にではなく、脳に直接響く声。肉声よりも鮮明に聞こえた声に男はほとんど条件反射で耳を塞いだ。
それでもまだ声は鳴り止まない。くつくつとした笑いは、精神を凌駕しつつ、甘味を食むように男の脳裏を駆け巡った。
《追いついちまうじゃねぇか…》
退屈だと主張する声に男の足元が崩れた。
瞬間の出来事。
男が足元を崩した先に、人の顔と手が伸びてくる。生身に見えるが白く透き通っている。生きている筈がないのは、畳から生えている時点で理解した。
触れられた肌は凍り、組織を瞬時に破壊していく。
「ぐがぁああああぁあ…!!」
男の悲鳴が屋敷を木霊し、ゆったりと消えていく。いくもの手が顔が、男をゆっくりと食んでいく。
悲鳴は大地に広がり空へと伸びていくが、誰も屋敷へとやっては来なかった。
穴という穴から体液を零し、汚濁していく。床から現れた手や顔は、それさえも嬉々として食んでいた。
男の正気がプツリと音を立てて切れ、そのまま全身を虚脱させ骸と成り果ててもまだ。
《腹いっぱいに満たせたか?》
残忍な言葉に声はなくとも、家鳴りが喜びを示していた。
恐怖を喰らい腹を満たせた生き物は、所々千切れた肉骸を眺めて薄く笑んだ。もう一匹の餌が、軽く身じろぎする。
失っていた気をようやく写し世に戻すことが出来た時、女は悲鳴を再び発した。
男の残骸が転がっている。横たわる残骸の傍に見えるありえない光―――。
グルウルゥル…
低い唸り声が聞こえた。
相手は獣よりもずっと危険であると、男は見た瞬間分かってしまったのだ。
『死』を意識し、走るのだが目の前にある筈の窓に手が届かない。既に幻術に堕ちていることを、男は理解できずに闇雲に走ることで恐怖から逃れようとした。
大きな翼を広げて、ゆったりと歩くのは、捕食生物に恐怖を与える為だろうか。男の焦りをソレは喰らう。銀に光る眼が男の項から肩へと辿り、笑みを浮かべた。
《逃げて見ろよ…》
男の耳にではなく、脳に直接響く声。肉声よりも鮮明に聞こえた声に男はほとんど条件反射で耳を塞いだ。
それでもまだ声は鳴り止まない。くつくつとした笑いは、精神を凌駕しつつ、甘味を食むように男の脳裏を駆け巡った。
《追いついちまうじゃねぇか…》
退屈だと主張する声に男の足元が崩れた。
瞬間の出来事。
男が足元を崩した先に、人の顔と手が伸びてくる。生身に見えるが白く透き通っている。生きている筈がないのは、畳から生えている時点で理解した。
触れられた肌は凍り、組織を瞬時に破壊していく。
「ぐがぁああああぁあ…!!」
男の悲鳴が屋敷を木霊し、ゆったりと消えていく。いくもの手が顔が、男をゆっくりと食んでいく。
悲鳴は大地に広がり空へと伸びていくが、誰も屋敷へとやっては来なかった。
穴という穴から体液を零し、汚濁していく。床から現れた手や顔は、それさえも嬉々として食んでいた。
男の正気がプツリと音を立てて切れ、そのまま全身を虚脱させ骸と成り果ててもまだ。
《腹いっぱいに満たせたか?》
残忍な言葉に声はなくとも、家鳴りが喜びを示していた。
恐怖を喰らい腹を満たせた生き物は、所々千切れた肉骸を眺めて薄く笑んだ。もう一匹の餌が、軽く身じろぎする。
失っていた気をようやく写し世に戻すことが出来た時、女は悲鳴を再び発した。
男の残骸が転がっている。横たわる残骸の傍に見えるありえない光―――。
グルウルゥル…
低い唸り声が聞こえた。