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メビウス~無限∞回路

第8章 鳴き声(中編)

これが本来の尊ーー素戔嗚の姿であって、身体能力も一気に変質する。大人の姿で立つと、普段は見上げている神楽よりも高くなった。
周囲は黒い靄に覆われ、一つのアパートの辺りで渦が見える。恐らく霊道を捻じ曲げるほどのエネルギーに満ちている。横にいる神楽を見ると瘴気酔いに近いのか、口元を押さえ真っ青になっていた。
とりあえずこの場所から出なければ、魂が穢れを吸収しだすのではないかと思った。
依り代としても高位にあたる神楽の気は、望むと望まないと関係なく惹くのだ。素戔嗚は舌打ちを一つし、膝をついて小太刀と榊で小さな結界を張る神楽の身体を横抱きにした。
素戔嗚は黄泉よりの神でもある。これぐらいの瘴気ではビクともしない。一瞬だけ驚いたような声を出したものの、それが限界であったのかグッタリと素戔嗚にしがみつく。

「少し我慢しろ、此処から出る」

こくこくと頷くだけしか出来ないぐらいに、激しい憔悴を見せる神楽の身体から神気が漏れ出している。ーーいや、吸われていると言っていいかも知れない。位置としては一歩しか動いていない筈であるのに、この結界自体が意思を持っているのかのように入り口が消えていた。
閉じ込められたというか、取り込まれたという方がいいかも知れない。なるだけ神気を分け与えやすいようにグッと自分の中に抱き込んだ。綻びは必ず何処かにある筈だ。目を凝らし空があった場所に視線を向ける。神楽は結界を無理に解くことを嫌ったが、時間的に余裕もないと踏んで取り出そうとした手を神楽は掴んだ。

「ダメです…この周囲にいる人…間が、人、質と一緒なんです…」

ふるふると震えながら繰り返して言葉にする。素戔嗚にすれば、多くの人間と一人の命なら既に答えは出ている。しかしその本人が拒絶するのを押し通す真似も出来ない。ーー声が聞こえる。助けを求める声は恐怖に震えているのが神楽に伝わっていた。

チッと舌打ちをすると、周囲をもう一度見渡す。これほどの結界であるなら、術者が必ず近くにいると分かる。…それは恐らく、渦の中心であることも予想が出来た。
猶予が少ない。もたもたとしていれば、神楽は堕ちてしまう。それは尊としても困るし、素戔嗚としても避けたい事態だ。決断をすると後は早い。風に乗って一気に渦の中心を目指した。




つづく…(長くなったので分けます;)

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