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20年 あなたと歩いた時間

第8章 24歳

「すみません、遅くなりました!真島です!」
「あ、おかえりなさい。コウキくーん、ママが来たよー!」

今日も保育園のお迎え時間を
大幅に過ぎていた。
待ちくたびれた広輝は、保育室の隅で
絵本をめくっていた。

「…最近残業が増えちゃって。すみません」
「お母さん、頑張ってるんだもの。広輝くんのことは私達に任せて。その代わり、おうちでは甘えさせてあげてね」

保育士さんの言葉が素直に嬉しかった。

「広輝!帰ろうよー。ママとしりとりしながら帰ろう」
「…うん」

私はこの春、病棟から外来に異動になった。
昼間の仕事だからもっと広輝と一緒に
過ごせると思っていたのに、
意外と残業が多くいつも保育園のお迎えが
遅くなってしまっていた。
広輝はもうすぐ四歳になる。
今のところ大きな病気もせず、
素直で優しい子に育っている。

「今日は、保育園でお歌、歌った?」
「こいのぼりのうた、うたったよ」
「あ、そうか。もうすぐ子どもの日だね」

自転車の後ろに広輝を乗せ、
小さなアパートに向かって走る。
西の空が薄い紫色とオレンジ色に
染まっていく。
見上げると、桜が風に乗ってはらはらと
舞い落ちていった。

「広輝、今日何食べたい?…広輝?」

ちらっと振り返ると、広輝は不安定な格好で
眠っていた。
保育園の帰りはいつもこんな感じだ。

「広輝、着いたよ。ほら、自分で歩いて」
「だっこしてー…」

私は最近また重くなった広輝をかかえて
階段をあがる。砂っぽい匂いがする。

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