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20年 あなたと歩いた時間

第8章 24歳

「はい、ただいまー」

下ごしらえしておいた夕飯を急いで仕上げ、
食べさせ、休憩する間もなくお風呂、
寝かしつけと続く。
寝かしつけているつもりが
自分も寝てしまい、後悔することも多い。
同じ保育園に通うシングルのお母さん達は、
みんなこんな感じだと言う。

「広輝、明日ママお仕事お休みだから、どっか行こうか」
「おはなみ。おはなみ行こう。ゆいちゃんと行きたい」

ゆいちゃんというのは、同じ保育園で
仲良しの女の子だ。
お母さんは私と同じシングルで
同じ看護師だ。そのこともあり、
歳は違うが仲良くしてもらっている。

「ゆいちゃんのお母さん忙しいからね。後でメールして聞いてみるよ」
「うん。ママ、ハンバーグおいしい」
「でしょ?」

私は自分のハンバーグを少し切って
広輝のお皿に乗せてやる。
広輝はすぐにそれを口に入れて、
にーっと笑った。
この子が笑うなら、私は何だってできる。
今日もまた笑顔が見られた。
それだけで幸せだった。
広輝が眠ってから、ゆいちゃんのお母さんに
メールしようと携帯電話を開いた時だった。
画面に表示された、『井戸崎要』の文字。
珍しいな。

「もしもし」
『おれ。元気か?』
「久しぶり。どうしたの」
『うん。元気かなーと思って。…広輝は?元気か?』
「もう寝ちゃったよ」
『来月さ、真緒の誕生日、どうかなと思って』
「休み取ってあるよ。大丈夫。帰るから」
『そっか。ならいいんだ』
「要は?仕事、どう?」
『毎日泥だらけ。楽しいけどな』
「そっか」

それぞれ仕事を持ち、生活があり、
離れてしまうと共通の話題が
なくなってしまう。近況報告をすれば、
昔の話をするしかない。
だけど私も要も、それはまだできなかった。

『じゃあ、来月な』
「うん。またね」

私は静かに通話終了のボタンを押した。

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