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しあわせになるために
第1章 花びら1
風が強いとか
空気が冷たいとか
あそこの飯は良かったとか
あの音楽がいいとか…
隣の席でするたわいもない会話するだけで良かったのに、どうしてそれを崩してしまったんだろう。
君が好き。
それさえ伝えなければ、俺たちの関係は崩れずに済んだのだろうか?
でも君を救いたかったんだ。
「不倫」という名の罠に引っかかって苦しむ君を…
いつまでも傍観者でいたくないんだ。
酔ってフラフラになる君を見たくないんだ。
もう泣いて欲しくないんだ。
俺なら泣かせない、なんてドラマみたいには言えないけど、そんな顔はさせたくない。
それなのに…
残業上がりの居酒屋で酔いに任せて…
「透子、あんな奴と一緒にいないで俺にしろよ」
「は?からかってんの?」
「からかってなんかねぇよ、そんな辛い恋やめて俺んとこ来いよ」
散々部長の愚痴をかましてきた透子は今日は一言もしゃべらず、すっかり借りてきた猫のようにおとなしくなってしまった。
「中村…」
「もう30過ぎたんだから現実見ろよ、不倫の先はないんだぜ?」
これは禁句だったのかもしれない。
部長は透子を選ぶかもしれないし、透子もどこかでそう信じてたはずなんだ。
昨日までは…
「見ただろ、部長の奥さん。もうすぐ子供が産まれるんだ。お前と関係を持ちながらも奥さんとは上手く行ってたんだ。産まれてくる子供のためにもさ…」
泣かさないなんて言いながら思いっきり追い詰めてる。
大学時代から好きだった。お互い別の相手がいたりもしたけれど、親友の様な関係を壊したくなくてズルズルきた。
でももうそれも終わらせたかった。
「透子…悪かった」
俯いたままの彼女はうんともすんとも言わない。
お気に入りのハンカチを力一杯握りしめたまま微動だにしない。
あぁ…もう終わりだ。
なら全部ぶちまけよう。
「俺は10年お前が好きだった。桜の花びらを必死で追いかけてたあの頃から。…でもお前は違うんだもんな。悪かった…お前の人生はお前が決めるべきだ。ただ…」
もう酔いとかではなくて、勢いとかでもなくて、本音でちゃんと言いたかった。
「透子、お前が幸せになるなら俺はいつまでも味方だから」
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