
エスキス アムール
第45章 困惑と介抱
「はい」
木更津の声が響く。
汗だくになりながら、手首を握り締めた。
「木更津…。俺っなんで…っ」
「ああ、波留くん?
どうしたの?荷物?」
木更津の声は冷たかった。
彼から返ってきた言葉が「おかえり」じゃないことにひどく狼狽した。
なんで、嫌だ。
泣きそうになりながら手首を握り締め、言葉を紡ごうとするけど、できそうになかった。
「上がっておいで。」
そんな俺に、機械を通して彼が声をかける。
わけがわからないまま、開いた自動ドアを通り抜け、いつものように部屋に向かう。
エレベーターを使うのも時間がもったいなくて、階段を駆け上った。
体力は限界で、汗もびっしょりで、身体は水分を欲していた。
だけど、そんなことよりも木更津の態度から感じる危機感が俺をどうしようもなく焦らせる。
部屋に急ぐ気持ちと、現実を知りたくないという気持ちが、身体を惑わせた。
コンコン
小さくノックする。
ドアノブを引いてみるけど、鍵が掛かっているようだった。
「いらっしゃい、波留くん」
ゆっくり扉が開いて、木更津が顔を出す。
その顔を見て、汗をかいているのも忘れて抱きついた。
離れたくない。
離さないで。
震える身体を木更津に押し付ける。
その身体を抱きしめることなく、俺を引き離すと、木更津は俺の手首に目を向けて何もつけていないそこに指を滑らせる。
「ふーん、なるほどね」
意味深に納得したような顔をする木更津と、わけのわからない俺。
まだ息を切らしたまま、木更津を見つめると、彼は「少し待ってて」と、俺に告げて部屋の中に入っていってしまった。
