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エスキス アムール

第46章 ロンリスト




「明日から会社に行くよ」


大野さんが作ってくれたご飯を食べながら時間を過ごしていると、ぽつりと言葉をこぼした。

体調はずいぶん良くなったみたいで、病気ではないみたいだったから安心したけど、結局真相ははわからないまま。


そうですか、と返事をすると、大野さんはぼーっとしながら自分の左手首に触れた。

本人は多分無意識だと思う。
だけど、何も話していないときや、ぼーっとしている時にふと彼をみると、左手首を右手で触れていることが最近多い。


何を触れているのかは何と無くわかる。
あの、時計だろう。

彼の反応から、
最近つけはじめたあの時計が、到底他人のものとは思えない。

やっぱりHは、波留のHだ。
そう思ったら心が痛んだ。

Kってだれ…?



「もう少しだけ、ここにいさせてもらってもいい?」

「あ、それは全然!いつまでても…」


そういうと大野さんは笑ったけど、本心だった。
いつまででもここにいて欲しい。
できることならあの時のように…


だけど、それは叶わない夢なのだと悟る。
そうして笑っている間も、彼は手首から手を離さないのだから。



「あと…要たちには言わないで欲しいんだ」


要さんと何かあったのだということは、要さんの言いすぎたかなという発言から理解できた。

わかったと頷くと安心したように、ふにゃっと笑って、ソファの背もたれに寄りかかる。


不意にふわっと、彼の甘い香りがしてクラクラした。
ソファといっても、私の家のは小さいもので、二人で座れば距離は数センチになる。



数センチの距離で、彼の体温を感じ、甘い香りも感じればドキドキが止まらなくてどうしようもなかった。



「はるかちゃん…」


その声で大野さんを振り向けば、優しい瞳と目が合う。
優しく微笑まれて、胸がキュッと掴まれたように感じると、もう自分で自分を制御することができなかった。




「……っ」


「……は、るかちゃん…?」




私は、何も考えられないまま、



大野さんの胸に飛び込んで、その胸に顔を埋めた。

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