
エスキス アムール
第52章 第二の木更津
「……」
「ふふふ、」
ゆっくりと振り返る。
矢吹は可笑しそうに笑っていた。
波留くんは有名だ。
その業界の人なら知っていてもおかしくない。
でも、それを僕に言うのはおかしい。
「この間二人きりで食事に行ったんだけどね、とても可愛かったよ」
「……」
先日、取引先のひとと夕飯を食べてくるから一緒に食べられないと言って電話をっかけてきたあの日か。
なるほど。
家具メーカーとコラボってわけね。
少しつながった。
どうして、矢吹が僕たちの関係を知っているのかわからないけど。
波留くんが言うわけないし。
「矢吹」
「んー?」
「波留くんに、手は出さないでね。」
「ああ、波留くんって呼んでるの?
僕もそう呼ぼうかなあ」
やっぱり、嫌いだ。
今この瞬間嫌いになった。
波留くんに手を出そうなんて考えるやつは、端から嫌いだ。
「…指一本でも触れたら…殺すよ?」
「…おー怖い怖い。
ふふ、でもね。
案外、ころっとこっちに来たりして。
この間も僕のこと、ずっと目で追ってたし。」
まあ、選ぶのは彼だ。
…楽しもうよ。
その言葉を残して、彼は僕の横を通り抜けて店を出ていく。
店の雑音なんて何も聞こえなくなって。
左手首を握りしめた。
