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青い桜は何を願う

第1章 プロローグ

 
「えーっと、弦祇このは(つるぎこのは)ちゃん?」

「馴れ馴れしく呼ばないでっ」

 キッと莢をねめつけた少女、つまりこのはの瞳には、涙なんて浮かんでいない。

 やはり嘘泣きだったのか。

 莢に勝ち誇った笑みが浮かぶ。

「じゃあこのは。あ、"様"付けしようか?確かに、私は無礼者でした。まさか貴女がそんなにドライになっていたとは知らなくて──」

「はっ?!何言ってんの?!」

「前はさ、二人きりの時だけ、馴れ馴れしくさせてくれてたじゃない。そりゃあ貴女は一国の王女だったから、公共じゃ私だって体裁は守ったけど」

 莢はこのはの腰に腕を回して、身を寄せた。

 このはの肢体は思った通り、まるで莢の腕に抱かれるために存在していたように収まった。

 莢の胸を自ら苛む鼓動の奏でる嫌な音は、単純な恋の高揚感からくるものではない。

 怖いのだ。このはに拒まれることが、怖い。

 莢とこのはは出逢ったばかりだ。しかし、それは今生での話だ。

 遡ること数千年前、莢は、このはの魂を宿した少女と、確かに一緒にいた。

 数百億年前、「希宮莢」という人間として生まれるよりも遙か昔、莢はカイル・クラウスという名の騎士だった。

 彼の世界は、リーシェ・ミゼレッタという名の少女を中心に回っていた。

 今もそれは変わらない。

 記憶の中にリーシェが生き続けている限り、今でも夢の中でまみえる彼女だけが、莢の全てだ。

『数年後の来世では、幸せになりましょう?リーシェ様』

『きっとよ、……カイル。姿かたちが変わっても、離れ離れに生まれても、約束よ』

 あの約束は、ただの口約束だったというのか。

 やめて、と、このはが腕からすり抜けていく。

 莢の中で、絶望感が膨らんでゆく。

 これだけリーシェ・ミゼレッタの甘い匂いを振り撒きながら、このははどこまでも素っ気ない。

 転生して、名前や外見はもちろん、性すら男から女に変わったが、同じ魂は変わらない。このはに惹かれて愛する上で、何の問題もないはずだ。

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