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チェスト

第1章 出会い

 キャンパス内の桜の樹の下で、下ろしたてのスーツで写真を撮っていた。自撮りが流行っていたから、大学生は皆そうした。
 「おーい、そこの子、一緒に撮ろうぜ。学部、一緒だろ?」
 「結構です。」
 「ああ、そう。向こうに女子の集団居たから、行ってみれば?」
 そして、その女の人は僕らの示した反対方向、駅の方へと向かった。その日は、恥ずかしいのを隠しただけだと思って気にしていなかった。しかし、次の日も。
 「おはよ、昨日の人だよね?次、どこでオリエンテーションあるか知っている?迷っちゃってさ。」
 「B号館二階です。ここから十分あればつきます。私は後から行きますから。」
 「あ、ありがとう。」
 いつも側にいるのに、話しかけると離れてしまう。ただの不思議な子だと思っていた。でも今、その子が僕の目の前にいる。確実に、僕を見ている。側にいるとかじゃなく、真正面に。このままにしておけば、白いスカートがいつまでもなびいていそうだ。
 「あ、あの。話しかけてもいいかな。」
 「はい。」
 「その、手に持っているものは、何かな。」
 「お弁当です。」
 「そ、そうだよね。友達の分も頼まれたのかな?あ、ごめん、つい。」
 「いいえ、一つは私ので、もう一つは、」
 「もう一つは?」
 「もう一つはあなたの分です。」
 「え?」
 「いいから、こちらへ。」
 話してみると、中学の時に同じクラスだった凛さんだということが分かった。彼女曰く、忘れられていたことがショックで、わざと態度を張っていたらしい。しかし、僕はここまで話を聞いておきながら、未だに凛さんの名字すら思い出せない。それに、こんなに大人っぽい同級生居たかどうかも覚えていない。彼女はいつも茶色の大きな髪飾りをしているので、目立つ。大きな蝶は、色素の薄い髪色によく馴染んだ。
 「何、見ているんです。」
 「嫌、綺麗な髪飾りだなと。」
 「これ、頂いたんです。」
 「へー。彼氏さんとかいるんですか。」
 「いえ。もう別れて長いですよ。」
 「それは失礼。」
 少し沈黙が続いたが、地面を這うダンゴムシのお陰で大きな痛手にならずに済んだ。ダンゴムシが一人で転んでいるさまは、愉快だった。僕らは、初めて一緒に笑った。よく分からないけど、この人となら仲良くやっていける気がしている。
 「明日は俺が作ってくるね。ご馳走さま。」
 「ええ、是非。」

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