
触れたくない。
第4章 四
「……、」
酷く懐かしく感じる、微かに匂うお香の香り。
彩度の低い着流しと、真っ赤な傘を差したその立ち姿。
「こんにちは、お嬢さん」
ゆったりとした、その口調。
「七瀬さん……」
久しぶりにその名を口にした私は、ふいに目頭が熱くなって。
彼に飛びつきそうになりながらも、ゆっくりとその人に近づく。
通り過ぎる人が私たちを不審そうに見ているけれど、そんな視線は一つも気にならなくて。
「今日は和菓子、ないですよ…」
「君に会えたから構わない」
ふっと、傘から覗いた彼の薄い唇が弧を描いたのを見て、
キュウ、と以前のような息の詰まるものじゃない、胸の苦しさが襲う。
