テキストサイズ

ネムリヒメ.

第20章 白と黒の影.






「…………」

「っ…渚くん…ねぇ、渚くんってば!!」


そこで渚は自分を呼ぶ声にビクリと顔をあげた


「ね、行き先押してよ」

「…ああ、悪い」


自分の様子を不思議そうに下から覗きこむ千隼に、渚は長い指先で行き先のフロアを指定する

それから彼女に視線を戻すと再び腕のなかの存在を確かめるように抱き締め直した


「お前…絶対誰かの目の届くところにいろよ」

「ん…?」

「…離れんな」

「え…う、うん」


腕のなかから返ってくる返事はどこかあどけなく、張りつめた渚の心持ちを和らげるものだった

心地のいい腕のなかの存在に、

─傷つくくらいなら、このままなにも思い出さなくてもいいんじゃねぇの…

そんな思いが一瞬浮かんで消えていく


「なぁ……早く…思い出して、全部忘れちまえ…」

「え……なに…」


そんな呟きに身を捩って千隼は振り返る


「渚…くん…!?」


自分の見上げる澄んだ瞳に渚の瞳も切なく揺れる

渚はもう一度千隼の名前を呼ぶと静かに唇を重ねた




…………………




「…あーらら…紫堂さんの坊っちゃまは仔猫ちゃんにメロメロなのね…」


少し場所を戻して、ここは華やかに着飾った人々が行き交うホテル最上階のエレベーターホール


そこには渚たちの乗り込んだエレベーターをひっそりと見つめる男の影があった


ブラックスーツを身にまとった男は、含みのある笑みで呟きながらエレベーターの行き先を確認している




ストーリーメニュー

TOPTOPへ