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重なる日常

第1章 重なる日常:X

Xは息を殺して部屋の隅にうずくまるように座っていた。

Yは、姿は見えないものの、確かにその存在を感じ取れるとして、Xのことを”妖精”さんとよんでいた。

お互いの生活には干渉しないということが暗黙のルールのようになっていた。

その時、Yは切れた電球を替えようと、脚立の上にあぶなっかしくたって腕をめいっぱい伸ばしていた。

それを、傍らからXは、はらはらしながら見守っていた。
今にも倒れてしまいそうに足元が揺れている。

脚立がふらふらとひときわ大きく揺れた次の瞬間、彼女は脚立から脚を踏み外し、バランスを崩した体をささえようと伸ばした腕が棚にぶつかった。

その衝撃で棚がぐらりと傾いた。その時、Xは居間にいた。キッチンの彼女までの数歩を一足とびに越えると、転げ落ちるYをしっかりと抱きしめた。

床に倒れ込みながらその勢いで体を反転させ、彼女の上に覆いかぶさった。

Xの背中に、棚からおちた食器がつぎつぎと当たり、「ぐう」と息がもれた。

はっとして、彼女の様子をうかがう。聞こえてしまっただろうか。
抱き合うように、顔をつきあわせたまま静止する。真正面にあるYの顔を見つめていた。どうやらショックで聞こえていなかったようだと安心した。

XはそっとYの身体を床に横たえると、彼女がショックで動けないうちに急いでその場から離れた。

自分でも気づかないうちに、落ちていたガラス片で足を切ってしまっていたらしい。床に点々と血のあとがのこっていた。

しばらく動けずにいた彼女だが、やがて上半身をおこすとゆっくりと辺りを見回した。床に散乱した皿やコップを見て、片付けはじめる。

「ありがとう」破片を拾い集めながら、ため息を吐き出すように言った。

それは、ひとり言ではなく、今、この場にいる誰かに届けようする、はっきりとした意志をもって発せられた言葉だった。

それは、ほんのかすかな声だったが、Xの耳に届いた。

しかしすぐに、彼女はしまったというように固い表情で口元を手で押さえた。動きをとめ、息を殺すように、身体を固くしてあたりの様子をうかがう。

Xは息を殺しながらその場にたたずんでいた。

なにも反応がないことを確かめると、Yは床の掃除をつづけた。

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