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品川駅

第1章 1

ある朝、いつも通りの憂鬱な通勤時間。
電車を待っている間に、僕はふと、ホームの端に立って、たかが1メートルほどの深さの穴を見下ろしていた。
僕はそのままふらふらと、吸い込まれていきそうな感覚にとらわれ、慌ててあとずさろうとした。
けれども足がすくんで動けない。
「あぶないっ」 どこかから女性の声が聞こえ、僕の体は後ろへとひっぱられた。
後ろ向きに後方へと後ずさった僕の目の前を、列車が走り抜け、その風圧に負けた僕は、さらによろよろとよろめいてしまう。
「なにやってんですか!もしかして自殺するつもり?」
背後を振り返った僕の目の前に、1人の女性の姿があった。
30代前後だろうか、普段はおそらくチャーミングだろうと思われる彼女の表情は、緊張でこわばっていた。
「いえ、そんなわけじゃ、、、」もごもごとつぶやくと僕は作り笑いを浮かべてみせた。
しばらくして再び滑り込んできた電車が、ゆっくりと速度をおとし、そのつるつるとしたうなぎのバケモノのような巨体を僕の目の前で止めた。
ドアがぷしゅうと音を立てて開き、その腹腔内に僕らは飲み込まれていく。
つり革につかまったまま、ぼんやりと外を流れていく景色をながめていた。
会社に近づいていくにつれて、きりきりとした胃の痛みが強くなっていく。
痛みをぶらさげた僕をのせたまま、電車は目的地に到着し、体内から僕らを吐き出した。
僕らはお互いが波となって同じ方向に流れていく。
改札を通りぬけた僕らは、まるで海中を泳ぐマグロの群れになったように、品川駅構内の長大なコンコースを歩いた。
両脇の天井付近に設置されたいくつものTVが、くらげのようにゆらゆらとさまざまな色に発光している。
薄暗い海底を歩いているようなで、不安と緊張で息苦しくなった僕は、歩きながらも酸素を求めるように首を伸ばしうろうろと辺りを見回した。
唐突に、目の前がひらけ、僕は光に包まれる。
光の中には多くのビルが立ち並び、その隙間からまっさおな空が広がっている。
太陽の暖かい光に包まれて、僕の気持もほぐれていくようだ。
思わずその場に立ち止まった僕は、視線をさらに遠くにのばしていく。
まるで空に吸い込まれていくような、空を飛翔するような気持ちの高まりを覚えていた。
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