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旅は続くよ

第11章 前向きじゃない

O「人間ってさ…、
生きてきた時間と思い出で出来てんじゃねぇかな」

さと兄の穏やかな声が続く


O「だから、自分の昔を思い出す事って
今の自分を確認する事なんじゃねぇの?
そういう意味で言ったら、ニノのしてる事は前向きな事だと俺は思うけどな」

N「…内容が後ろ向きでも?」

O「どんなの書いてんのか見てねぇからな、わかんないけどさ
体の中から吐き出せんのは“いい事”じゃねぇの?」

いつもの俺なら反発してる

説教たれてんじゃねーよって

でも、さと兄の言葉は何故かストレートに俺の胸に届いた


N「…驚いた。文学的だね」

O「だろ?」

N「それ、誰の受け売り?」

O「俺が考えたんだよ…って言いたいけどな。
ふふっ、実は母ちゃんの受け売り
古い本を読んで昔読んだ時の感動が蘇る事ってあんだろ?
自分が何に感動して何に影響を受けたか
確認できるなんて素晴らしい事だって
だから父ちゃんの仕事は凄いんだって教えてくれた」

N「だから継いだの?」

O「うん。儲からねぇぞって父ちゃんは反対してたけどな
まあ、…儲からなくてもいいんだよ
自分さえ食っていけりゃ、気楽に楽しく暮らしていけりゃいいんだもん
家もあるし弟もいる。それで十分だろ?」

N「ふふっ、翔ちゃんだっていずれ結婚して出て行っちゃうでしょ」

O「え~?そしたら寂しくなんな~
じゃ、ニノずっと居れば?ここに。
そしたら俺寂しくないし」

N「あのね、アンタだっていつか結婚したりすんでしょ」

O「すんのかな~?ずっと俺を好きなように放ったらかしにしてくれる嫁さんならいいけど」

N「そんな女いませんよ。無理だね」

O「だな」

N「のんきな人だね、全く」


気楽に生きていけりゃいい

そんな呑気な言葉が羨ましく思える

衝動と惰性で書き連ねる感情を前向きだと評されて

それで良いのかとも思うけど…


深く考えたくはない

自分の事なんて、深く考えたって
良い事なんて何もないように思えるんだ


N「さ。…お茶でも淹れようか」

嫌なものに蓋をするように書き掛けのパソコンを閉じて

俺はキッチンへ向かった




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