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生命

第1章 影


[ 影 ]




僕は、生まれた時から1人だった。


僕には顔も、色も、声も、自由もなかった。


だから僕が産まれても
誰も喜んではくれなかった。


いつも、愛されるのは
"本物"の僕で
偽りの僕はそこに存在しなかった。


僕に意志はなくて
行きたい場所、やりたい事
全部全部、彼がきめた。


かけっこで1位を取っても
褒められるのは彼で
僕はそれを、ただ、眺めるだけで


好きな子ができても
僕には声がないから、自由がないから、



僕は、彼が羨ましかった。


顔と体と色と声と自由と愛情と夢
全てを独り占めする彼が憎かった。



それなのに、ある日彼は泣いた



すべて持っているのに
僕は流す涙もないのに。


涙を流せる彼が羨ましかった



ある日彼が熱を出した


体温のある彼が羨ましかった
看病してくれる人がいる彼が
心配してくれる人がいる彼が

羨ましい。
ほしい。ほしい。ほしい。





ある日彼が言った
僕が羨ましいと

これくらい身長があったらな


悪い気はしなかった
だからもう少し一緒にいてあげることにした。


何年も経って
同じ時を過ごして
それでも僕は彼が羨ましい。


彼が仕事で失敗した

座まぁみろって思った


彼が彼女に振られた

座まぁみろって思った


彼が綺麗な女性と結婚した

羨ましくなった


子どもが生まれ
僕は時々、その子どもと遊んでやった

彼と似てやんちゃで、好奇心があって、ほっとけなかった。

子どもはすくすくと成長した


子どもは僕とは遊ばなくなった


子どもはすくすくと育った

そのうちに家からいなくなった



いつの間にか彼はしわくちゃになっていた。




しわくちゃになっても
子どもと奥さんがいて
孫ができて

笑いが絶えない彼が
羨ましい。



彼が泣いた


愛する人が死んだから



僕は…




彼は白い白いベットの上で
鼻歌を歌う。
かすれていてところどころ
途切れる、それさえも美しい


それから彼の声が聞こえなくなった
体温も色も自由もなくなった


僕は…





寂しかった。








おわり






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