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逢いたいから~恋とも呼べない恋の話~

第4章  闇に響く音

 その後、萌は亜貴と隆平がどうなったかを知らないし、また知ろうとも思わなかった。その頃には隆平はオンボロ下宿から亜貴の豪勢なマンションに転がり込んで同棲するようになっていたけれど―、生活費のすべてを亜貴に出させて平然としているような男が亜貴をただ利用しているだけなのは判っていた。
 しかし、一途に隆平を信じようとする亜季を見ると、萌は何も言えなかった。また、仮に萌が何をどう忠告したところで、亜貴は聞く耳を持たなかったろう。
 亜貴が隆平という男の醜さに自分自身で気づく瞬間を待つしかないと腹を括ってもいた。
 そんな男との関係は、それこそ薄氷一枚の上に佇むような危ういものであったに違いない。
「隆平さんがどうかしたの?」
 そんなあれこれを思い出しながら、萌はできるだけ自分の声が優しいものに聞こえることを祈った。
「あいつ―、あんな男、殺してやる」
―世界中の誰が隆平に背を向けても、私は彼の才能を信じるわ。
 それが口癖だった同じ女の口から出た科白だとは思えない。あまりに物騒な言葉に、流石に萌も焦った。
「亜貴ちゃん、ちょっと待ってよ。殺すだなんて、いきなり話が飛躍しすぎ。何があったっていうの?」
―女よ、女。
 受話器の向こうの亜貴の声はひどく陰気に響いた。断片的な言葉ばかりだが、多分、隆平に女がいたということなのだろう。
「隆平さんに、別の女の人が?」
 我ながら酷く当たり前すぎる質問だとは思ったが、訊かないわけにはゆかない。
―そのとおり。あいつね、高校中退した直後から付き合い始めてた彼女がいたのよ。その女には、二歳半になる娘まで生ませててさ。私、隆平だけじゃなくて、あいつの女と子どもの面倒まで知らない中に見させられてたってわけよ。笑えるじゃない。何でも、今度、相手の女に二人めができたから、正式に籍を入れるんですって。それで、別れてくれって言うのよ。
 事の起こりは、隆平がいつも持ち歩くナップサックのポケットにねじ込んであった一枚の写真だという。
 茶髪のポニーテールの若い女の子と赤ん坊、それに隆平が仲好く寄り添っている写真を亜貴が見つけたのだ。
 これは何だと問いつめられ、隆平は意外なほどあっさりと白状した。

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