テキストサイズ

赤い糸

第7章 サクラ


「おぃ~アイツ何やってんだよ。」

「あちゃ~…璃子ちゃんが居ないとこうも崩れるもんですかねぇ。」

先週から始まった春大会

いつも大活躍して黄色い声援を一手に受けるイケメンさんは、ランナーを返すどころかヒット一本も打てない。

「おまえが打たなかったら誰が打つんだよ。」

いつものようにベンチの後ろに座り、帽子を目深に被って

「だったらスタメン外してくれよ。」

ポツリと溜め息混じりに言葉を紡ぐ京介さんは相当病んでいる。

「京介さん、頼みますよぉ。」

相手チームは京介さん一人がいなくたって十分に勝てるぐらいの相手だけど

「誰か璃子ちゃん連れてこいよ。」

2週間も愛しい人に会ってもいないとこんなにも弱々しくなってしまうんだ。

「…勘弁してくださいよ。」

美紀が京介さんと話したのは先週のこと。

俺たち外野はその一報にやっと前進したと喜びを素直に現したけど

京介さんは微笑むわけでもなく溜め息も溢すわけだもなくただ頷いてた。

「京介、とりあえず一本頼むよ。」

「無理です。」

俺たちはその意味をそのあと知る。

記憶喪失だと知っただけで蘇ったわけじゃない。

知ってしまったことで璃子ちゃんはもがき苦しむ。

そう、京介さんという大切な人がいたことも思い出せないから。

「つまんねぇ。」

会いに行くことも自分たちのそれまでを璃子ちゃんに話にも行かない京介さんは

『アイツの負担になるから』

と、誰よりも深い愛で見守る。

でも、もうさすがに充電切れなんだろう。

「直也、おまえどうにかなんねぇのかよ。」

佑樹さんは小さな声で俺を競っ付くけど

「俺だってどうにかなるもんならどうにかしてますよ。」

璃子ちゃんがここに来たいと首を縦に振らない限り美紀だって何にも出来やしない。

「おいおいマジかよ。」

たった一人が野球に向き合えないと

「長谷川さんまで三振とかなんなんだよ…」

勝利の方程式は成り立たない。

愛を知らない人が愛を知って、その愛に苦しめられて

「もうどうでもいいよ。」

昔のように冷たく笑う先輩に俺らは何をしてあげられるんだろう。

不甲斐なさで大きな溜め息をこぼすと

ガタン!

「何!?」

「どうしたんですか!」

急に立ち上がった京介さんの視線の先に

「来た…」

サクラ色のワンピースを着た華が一輪咲いていた。

ストーリーメニュー

TOPTOPへ