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赤い糸

第9章 想い


「どうぞお好きな席に。」

夏樹さんの店に来たのは璃子が記憶喪失になってから二回目だった。

あのとき どこにも弱音を吐けなかった俺は一人で酒を煽り 気付いたら夏樹さんの店の前にいた。

夏樹さんはそんな俺の不安や怒り、どうすることもできない現実を何も言わずに受け止めてくれた。

そして今回、璃子と大切な話があるから連れていきたいとの急な申し出に

『OK。』

店を貸しきりにまでしてくれていた。

まぁ、これは俺の力じゃねぇよな。

夏樹さんは飾らない璃子を可愛がってくれていた。

だから記憶喪失になってしまったと聞いて 出来ることがあったら言ってほしいとストレートに言ってくれていた。

でも夏樹さん、今はそんな顔しないでくれよ。

「えと…大学のときにこの店でずっとバイトしてたんだ。」

「そうなんですか…」

「夏樹さん…うんと…今度カレー作ってくれる約束した璃子ちゃん。」

「…夏樹です。今日はゆっくりしていってね。」

二度目の自己紹介…ぎこちねぇよな。

だって知らないのは璃子だけ。

厨房のコックだっておまえのこと知ってるっていうのにな。

「さて、何を食うか…」

この店でおまえが注文したことは今まで一度もないけど、おまえの目の前にメニューを広げる。

「たくさんあって悩みますね。」

そうやって目移りして決められないんだよな。

だからいつも俺たちは

「今日も“半分こ”にするか?」

「ハイ!」

初めて店に来たときと同じようにように料理を取り分け

「う~ん!このウニのパスタ美味しい!」

あのときと同じように幸せそうな顔をしながら食べるおまえを

「もっと食うか?」

「ハイ!」

幸せな気持ちで眺める。

さて、どうやって話を切り出すかと頭を悩ませていると

「ウフフ…」

「なに?」

俺の顔見て笑うおまえ。

「お口の横にソースが付いてますよ。」

「どう、取れた?」

「もうちょっと上です。…違いますって。」

延びてくる細い指先

「…。」

「はぃ、取れました。」

その指先をペロリと舐める璃子。

…苦しかった

俺だけが覚えてるこの感覚に胸が詰まる。

「璃子…」

「はぃ?」

オレ…散々我慢したよな?

だから、もういいだろ?

「…好きだよ。」

俺のこと忘れんなよ…

ホント みっともねぇたらありゃしねぇ。

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