テキストサイズ

赤い糸

第11章 タイムリミット


「璃子~ダンボールもらってきたわよ~」

「ありがとう、ママ。」

職場の片付けが一段落すると今度はいよいよ私物の整理となる。

「もう一つ貰ってこようか?それじゃ流石に少なくない?」

普通の女の子ならあれもこれも持って行きたがるんだろうけど

「大丈夫。向こうには一通り揃ってるみたいだし、必要な物はあっちで調達するから。」

自分の部屋の物は何故か持っていきたいとは思わなかった。

その一つ一つに思い入れがあるわけでもないんだけど

「先生が心機一転新しい物に囲まれてスタートしようって。」

あの人との記憶がもし甦ったときにその物たちに苦しめられそうで躊躇していた。

そう…私の五感は大切だったあの人のことを何一つ思い出していない。

「ねぇ璃子、去年買ったあのママとお揃いの水玉のパジャマは?ほらピンクのフワフワしたの。」

「あぁ…」

それは…京介さんのおうちだ。

カレーを作りに行ったあの日、彼のクローゼットの中にはずっと探していた私の洋服たちがきちんと並んでいた。

洋服や下着だけではない。

旅行用のミニボトルに入れられた化粧水や乳液、お風呂場にはメイク落とし

「あれはお揃いだから持っていってほしいなぁ。」

「え~!」

「いいじゃない!そのぐらいワガママ聞いてくれたって。」

本当はすべて処分してもらおうと思ってたけど

「ねぇ、持ってってよ。」

京介さんと話せる最後のチャンスだと思って

「じゃあ…」

まだ何も知らないはずのママに頷いた。

でも…もしかしたら知ってるのかもしれない。

ママの顔はえらくニコやかで私の背中を押してくれる。

京介さんに振られてから一週間

「明日仕事帰りに寄ってみるよ。」

…合鍵も返さなきゃいけないし

人は意外にも強いものなんだと学んだ一週間

そして…

「璃子。」

「ん?」

「ピンチはチャンスよ。」

ママの偉大さを知った一週間

明日は金曜日。仕事終わりに彼の家の前で待っていようと思う。

「さて、夜ご飯の用意しなくちゃ!今日は璃子の好きなしょうが焼きよ。」

「あんまり食欲ないんだよな…」

ちゃんとお礼を言って新たな気持ちで前に進まなきゃ。

「ダメよ今日こそはちゃんと食べてもらいますからね。」

旅立ちの日まであと一週間

「はーぃ。」

あの人と同じ空を眺められるのも…あと一週間

ストーリーメニュー

TOPTOPへ