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貴女は私のお人形

第5章 きっとそれはあたしも同じで、


* * * * * * *

 点々と焔を灯したキャンドルが、ガラス張りの壁面を飾る星明かりを補翼していた。

 大理石に散らばるテーブル席には、一輪挿しの白い薔薇。ほど好い高さのソファがとり合わせてあって、見るからに睦まやかなペア客達が、思い思いに過ごしていた。


  
『まずは、私達の就職に乾杯』


 姫カットの雲鬢を二つに結った少女が、純の座る向かい席で、ワイングラスを持ち上げた。


『乾杯』


 二つのグラスがキスをした。だが、立つのは無機的でしとやかな音。


『あーあ。純は絶対、歌手になると思ってたのにー』

『歌手になったら、君と一緒にいられない』

『それはそうだけど』

『学校も十年間、ずっと同じだった。気が付いたら恋人で、君は私のオンリーワン』

『純……』

『二ヶ月後から、会社も一緒。いつか、家も一緒になれたら素敵じゃない?』





 あれは、遠回しなプロポーズだった。

 純自身、口にしてから気が付いた。


 もっとも、少女にこれといった感慨はないようだった。
 長いようで短かかった就職活動にピリオドを打てたことの方が、純と彼女にしてみれば、一つの大事件だった所以か。

 中学にいた時分から、ほぼ十年、純は彼女と一緒にいた。志望企業も全て同じにした甲斐あって、卒業後も、距離が出来ずに済んだようだった。


 祝杯に酔うはずの夜だというのに、心なしか、少女に翳りが息差していた。



『愛してる……純』


 前菜の盛り合わせがなくなって、運ばれてきたスープにはとうとう手もつけなくなった。そして、この世の終焉を迎えたような、暗い顔でささめかれても、複雑だ。
 就職活動中、普段の金髪を誤魔化すため、純はウィッグを着用していた。その姿を見て「貴女は綺麗だけれど、面白いものを見られたわ」と、彼女が真顔になった時に、どこか通じる気分が蘇る。

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