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貴女は私のお人形

第8章 だから世界の色が消えても、



「神無月さんは、何故、『Saint meldy』を始めたんですか」

「知りたい?」

「営業や工場契約のノウハウは、『乙女の悩み相談室』で、澄花さんに聞きましたから。神無月さん自身のことを聞きたいです」


 いつからかは分からない。数日前まで純の歌も聴いたことがなかったあずなは、今、「神無月純」という人物にただならぬ興味を持っている。人間とも堕天使ともつかない、この世の存在であって別の次元にいるような、純が、何を思いどこを目指しているのか。
 

「その前に、湖畔さん。君が私の質問に答えて」

 それは承諾を意味していた。ただし純の要求も、おそらくあずなは退けられない。

「何ですか」

 二口目の紅茶を喉に流し込む。やはり味気ない。

「文月乙愛」

「──……」

「君の大事なお客さん、だそうだけど」

「彼女が何か」

「乙愛に会って、どうだった?」

「──……」


 ああ、まただ。
 
 あずなは思った。

 純が件の純白の少女人形の名前を口にする度に、あずなは何度「私の」と添えられる空耳を聞いたことか。

 乙愛を呼ぶ純の声には、天を讃えるアリアに通じる温度がある。切なく悲しい。ともすれば生き別れの恋人や家族を想うような純の声音に、あずなの胸は締めつけられた。


 乙愛が好きだ。

 説明し難い感情を、あずなは彼女に抱いている。


 触れたい、同じ世界に閉じこもり、赦されるなら身も魂も一つになりたい。
 そう、狂おしいほどあずなが必要としている相手は、里沙ただ一人だ。


 しかしながら、あずなには乙愛もかけがえない。彼女がいて今のあずながここにいる。
 


 乙愛を、愛している。



 口にすれば、純はどんな顔を見せるだろう。

 すました天使は、それでも美しい顔を崩さないのか。



「乙愛ちゃんから、初めてメールをもらったのは」


 あずなは、まるで昨日のことのように鮮明な記憶を言葉に変える。


「初めて注文をもらったのは、二年半前。ドクイチゴを初めて、七年目の秋でした」……………

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