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オオカミは淫らな仔羊に欲情す

第6章 新しい日常


「―― そこ、いい?」


  煙草をくわえたままの竜二が、かったるそうに
  目を細め話しかけてきた。

  自販機前に佇んでいるだけの絢音はビクッとする。
  
  
「用ないならどいてもらえる」


  ぶっきらぼうに言った竜二だが、話しかけた絢音が
  いつまでも固まって動かないので、
  訝しそうに下から上までじろじろと絢音を
  眺め始める。

  そこでやっと我に返った絢音は自販機から退く。

  そうだ、関わらずに早く去ろう。
  踵を返し足早に最寄り駅へ向かう。

  離れたのに、絢音の背後から煙草の匂い。

  湿った空気に乗って自分を追いかけてくるようで
  顔をしかめる。

  この道をまっすぐ、次の角を曲がったら駅は
  すぐそこだ。

  絢音は急いだ。


  そのうちにバタンと車のドアが閉まる音が聞こえ、
  ホッとした。

  竜二は絢音に関心など持たず、車に乗り込み何処かに
  消えていってくれる。

  再びブウンと唸る黒い車。

  本当に乱暴そうなエンジン音。

  耳にかかっていた伸ばしっぱなしの黒髪に、
  無精髭、分厚い瓶底メガネ、ヨレヨレの白衣、
  くわえ煙草。

  歩きながら絢音は、何時だったか? 同じゼミに
  入ってる同郷の子が言っていた言葉を
  思い出していた。


『あんなもっさい、ダサ男と付き合うくらいなら
 アキバのオタク系の方がまだマシだわ』  

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