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オオカミは淫らな仔羊に欲情す

第6章 新しい日常


  店から出てしばらく歩いた所で 
  ”キキキキキキーーーーッ”と、荒っぽい音が
  絢音の思考をかき乱し、
  静かな夕刻の国道の空気を震わす
  騒々しさが沸き起こる。

  驚いて振り返ると絢音の背後に、ギュルギュルと
  タイヤを鳴らす真っ黒い車が停車。

  びっくりし過ぎてフリーズ。

  茫然としていると、その車の運転席からヨレヨレの
  白衣姿の男性が降りてきた。

  うわっ ―― ちょっと待て、あの人……。
  
  その男性には見覚えがあった。
  
  ヨレヨレの白衣に分厚い瓶底メガネの見るからに
  冴えないおっさん。
  
  忘れようったってこのインパクト大の容貌は
  そう簡単に忘れられるもんじゃない。

  初対面で ”自分を買え”と、迫った人。
  
  時間は夕方だけど、ここは新宿2丁目、こんな
  時間帯はまだ人気が少ない。

  そんな所に突如として出現した、
  妖しく黒光りする車。

  うわっ、しかもこの車、後部座席の窓が全部
  スモークシート貼りで、よく夜の歌舞伎町辺りで
  遭遇するヤのついたお歴々のお車みたい ――。

  まずい、どうしよう……? 
  
  絶対、関り合いにはなりたくない!

  一気に身体が硬直する。

  思いっきり機嫌の悪そうな
  くわえ煙草のいかつい男!

  行かなくちゃ、

  関わらないよう声をかけられないように、
  さりげなくここから去らなくちゃ。

  急に絢音の心臓が騒ぎ出す。

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