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水曜日の薫りをあなたに

第1章 水曜日、その香りに出逢う


 妄想の相手があの人である必要はなかった。なにも知らない。名前さえ知らない。そんな男をどうこう想うなどあり得ない。それに、既婚者は最初から対象外だ。
 少しだけ、欲求不満だったのかもしれない。仕事に追われる日々に疲れ、自分の中のなにかを満たしたくて、それでほんの少し女の本能が疼いただけなのだ。

「……ふ、んっ」

 背徳と羞恥の先に待つ快感の渦に呑み込まれ、小さな絶頂感に襲われた薫は、不随意な腰の震えとともに崩れ落ち、艶めいた深い息を吐き出した――。


 軽い倦怠感と後悔の中、よろよろと下着を脱いでバスルームに入る。まるで禊(みそぎ)を行うかのような気分で、滝の水、ではなく熱いシャワーに無心で打たれる。
 罪を犯したわけでもなければ、穢れがあるわけでもない。なぜ自分の身を清めたいと思ったのか、薫にはわからなかった。いや、気づきたくなかったのかもしれない。

 透明だったはずの心に、薄紫に色づいた淡い煙の気配が漂う。その甘く危険な香りに全身を侵されてしまわないよう、必死に洗い流そうとしていた。


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