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水曜日の薫りをあなたに

第1章 水曜日、その香りに出逢う





 黒を基調としたシックな店内を淡く照らすブルーのバックライト、静かに流れるピアノジャズが、今夜もすさんだ心を静める。

「マスター聞いてくださいよ」

 カウンター席に腰かけるなり、薫(かおる)はいつもより沈んだ声を発した。その原因をすぐに把握した彼は、グラスに水を注ぐとそれを差し出す。

「どうぞ」
「ありがとうございます」

 一言返してグラスを手にし、一息に飲み干した。

「大丈夫ですか、薫さん」
「大丈夫、と言いたいところですけど、今日も臭い人に出くわしてしまって……」
「そうですか。それは災難でしたね」

 微苦笑を浮かべる優しいバー店主に、薫は深く頷いてみせた。

「マスターの匂いに癒してもらわないと」
「私の?」

 店主が片眉を上げる。

「あ……てゆうか、このお店のです。匂いというより、漂ってる空気かなあ」
「どんな空気ですか」
「うーん。包まれるような安心感と、ちょっと色っぽい感じ」
「ふうん」

 口角を上げたその表情がやけに愉しげで、薫は苦笑を返した。

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