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じゃん・けん・ぽん!!

第18章 毒牙を持つもの

【毒牙を持つもの】

 追えと言われたから。
 それ以外に理由はなかった。まるで小学生の言い訳かと思うほど幼稚な理由だ。
 学校の下駄箱で、裕子が書いたという手紙を回収し、襲撃から逃れた後のことだ。
 健人は光を見た。
 丸くて、小さな、ふたつの光だ。その光は、すぐに見えなくなった。
 晃仁にもその光は見えていたらしく、その光を追ってほしいと健人に言った。突然の襲撃から脱出したばかりで、まだ頭が正常に働いていなかった健人は、理由を聴く余裕もなく、言われるままに走ったのだが、それが拙かった。
 健人は、女の子と向き合っていた。とても華奢な女の子だ。
 背は小さく、猫背ぎみで、髪は肩のあたりで切り揃えられており、その先端は内側へ軽く巻いている。それが、なんとなく重たげだ。さらに、前髪は目にかかり、度の強い眼鏡をかけている。
 伊藤詩織。
 それが、健人の追っていた光の正体だった。丸くて小さな二つの光――それは、詩織がかけている眼鏡が光を反射したものだったらしい。街が夕闇に包まれている今も、その眼鏡は街灯の光を反射している。
 道の両側は、民家の土塀に挟まれている。しかし行き止まりではない。健人は詩織を追い、詩織は健人から逃げいた。行き止まりではないから、逃げようと思えば逃げられるはずなのだが、詩織は立ち止まったのだった。
 きっと疲れたのだろう。そして逃げても無駄だと判断したのかもしれない。
 逃走を諦めた詩織は、乱れた息を整えながら健人に向き直った。そして、
「どうして、追ってくるんですか」
 と健人に問いかけた。そこで、健人は詰まってしまったのだった。
 晃仁がそう言ったから――というのが本音だったが、それをそのまま言う気にはなれない。
 問われて当然の疑問に、健人は答えられないのだった。
 なんと答えていいのかわからない。
 詩織との間に、沈黙が満ちた。
 昼間の蝉時雨も今は聞こえない、
 街のほとんどの人間は、昼に働き、あるいは学び、夜には寝る。ある意味で健全な生活が、街の人間の間には定着している。
 だからこの時間になれば、ほとんど物音がしない。どこかで救急車の発する音が鳴り響いているが、それ以外には何も聞こえない。
 闇と沈黙が、詩織との間に重く横たわる。

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