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じゃん・けん・ぽん!!

第4章 おにぎり大戦


【おにぎり大戦】

 ――俺が先に目をつけたのに。
 健人は寸前で取り逃したおにぎりの行方を目で追った。その視線の先には――。
 美女がいた。
 近所の小売店である。
 時刻はもう午後の六時を過ぎているだろうか。学校から帰った健人は、家へ向かう途中で少し腹ごしらえをしようと思って、この店へ寄ったのだった。
 甘星堂という名の店で、もう何十年も前から店を構えているらしい。木造の建物で、天井や壁が焦げ茶色に変色しているところからも、古さを感じる。帳場には、和装の萎びた婆さんが、ひとりでぽつねんと座っているだけだ。
 棚に並んでいるのは、饅頭や串団子など、和菓子が多い。
 おにぎりだけが異質だが、味はともかく値段に較べてかなりの大きさだ。腹持ちがいいので、よくここではこのおにぎりを買う。
 そのおにぎりが、先取りされた。
 残りがひとつきりだったから、かわりに他のを買うというわけにはいかない。
 おにぎりを健人よりも先取りしたのは美女だった。健人が棚から取ろうとした寸前に、脇から取られたのだ。
 その美人の顔を、健人は見つめる。狐色の長髪を背中に垂らした顔は、小麦色に日に焼けている。背丈は、健人とほぼ同じだ。健人は背は高いから、この相手も女としては高身長な方だろう。くっきりとした二重の目には、勝ち誇ったような色が浮かんでいるように見える。
「これ、もしかしてあなたも買いたかったの」
 と美女は小首を傾げた。狐色の長髪がさらりと顔にかかる。
「まあ」
 しかし先に取られてしまったのだから、寄越せとも言えない。だから諦めようとした。
「でも、先にあたなが取ったんですから、どうぞ」
 健人はそう言った。言ったが、なんとなく舌がもつれた。そう言えば身体中の筋肉も強ばっている。いつの間にか猫背になっていることに気づいて、健人は背筋を伸ばした。間違いない。あまりにも綺麗なその見た目に、健人は緊張を覚えているのだ。
「〝あなた〟?­」
 さっきまでの勝ち誇った表情が消えて、不審げな色が浮かぶ。
「もしかして、私のこと知らないの」
「え」
 そう言われて、あらためてその華やかな顔を見つめる。そして――。
「ああ」
 思い出した。

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