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じゃん・けん・ぽん!!

第1章 困った下駄箱


【困った下駄箱】

 ぎい、と音がした。
 高校へ入学してからもう半年くらいがすぎる。入学式の頃はやや寒ささえ感じたものの、今は夏の真っ盛りだ。半袖でも暑い。廊下をちょっと駆けただけでも汗が滲むほどのじっとりとした暑さだ。湿気が多いのだろう。
 その湿気のせいかもしれない。下駄箱が妙に軋むのは。
 靴を出し入れするたびに、扉がぎいぎいと音を立てる。かなり古いからもういけなくなってきているのも原因だとは思うが、この湿気のせいで蝶番へさらに影響が出ているようにも思える。ここ最近はとくに軋みが激しいからだ。
 辻岡健人は、自分の靴を仕舞うなり、その動きの悪い靴箱の扉を力任せに閉めた。渋い感触がして、やはりぎい、と軋みながら扉が閉まる。
 もうすぐ始業の時間だからと急いで教室に向かおうとしたら――。
 小さな女の子が目に入った。
 小さな女の子と言っても、同級生の子だ。小さな、というのは年齢が低いという意味ではなく、文字通り、体が小さい、という意味だ。実際、背の高さなどは健人の胸よりもまだ低い。
 肩のあたりで切りそろえた重たげな黒髪が印象的な子だ。前髪が目を半分ほど覆っており、さらに度の強い眼鏡をかけているから地味な印象を受ける。そんなだから、名前もまだ覚えていないありさまだった。
 その地味で小柄な同級生の女の子が、下駄箱の扉を開けるのに苦労していた。
 両手を取手にかけ、体全体で力いっぱい引っ張っている。
 この下駄箱で苦労をしているのは健人だけではないらしい。
 見ている内にも、女の子は息を切らせ始めた。よほど固く閉まっているらしい。
 その健気に扉を引っ張る姿に、健人は見ていられなくなり、つい声をかけた。
「俺が開けてやるよ」
 女の子は、え――と言いた気に、その小さな唇を軽く開いた。そして肩を竦めて、
「お願いします」
 と掠れるような声で言った。白い頬が、ほのかに桃色に染まる。そして健人の顔を見上げる。眼鏡の度が強すぎるのと前髪が長いせいで瞳は見えなかったが、その表情に、健人は胸がどきりとするのを感じた。
 任せろと健人は言い、力いっぱいに扉を引き開けた。

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