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じゃん・けん・ぽん!!

第6章 再戦!

【再戦】

 背中が消えてゆく。
 容姿端麗な生徒会長の伸びやかな背中が、教室の雑踏の中へ紛れていく。その様子を、健人は教室の入口から眺めていた。
 三年生の教室の入口である。
 健人は、そこに立ち尽くすしかなかった。
 昨日と一昨日、健人は自分が級長であるという立場をさっそく頼られた。
 頼ってきたのは、同級の伊藤詩織だ。

 下駄箱を交換してほしい――。

 それが、伊藤詩織の要望だった。健人としては、それを無視できなかった。なぜなら、ひとりの生徒――という弱い立場にいる人間の意見や思いを生徒会全体に広めることが、級長としての役割だからだ。
 面倒臭いとは思ったが、健人はその役割を放棄することができなかった。もし放棄してしまったら、自分に寄せられた級友たちの信頼を踏みにじることになってしまう。だから――。
 ――いや。
 違うな――と健人は考え直した。
 級長としての責任などという、そんな崇高な考えは持っていない。頭の中にあったのは、あの詩織の姿だった。
 華奢な身体。厚ぼったい髪。度の強い眼鏡。
 影が薄く、入学してからすでに三ヶ月以上が経っているというのに、最近になってようやく名前を知ったくらいの交流の浅さだ。そういった類の人物とは、健人は、本来なら積極的に関わりたいとは思わない。でも、詩織は別だった。
 詩織の場合は、交流の浅さや、あのいつもおどおどしている仕草などが、暗さというよりは儚さを醸している。その儚さは、健人の男としての庇護欲を煽るのに充分だった。有り体にいえば、健人は詩織に惹かれてしまっていたのだった。
 健人が三年生の教室へ――それも生徒会長を尋ねるために――訪れたのは、その庇護欲を満たしたいからだった。
 しかし、生徒会長である池田裕子の見せた態度は、完全な拒絶だった。
「下駄箱をすべて交換してほしいんですけど」
 と健人が言うや否や、
「駄目」
 と来た。面喰らって、どうしてですかと理由を尋ねると、駄目ったら駄目なの、とまるで話しならない。
 そして裕子は、
「そろそろ授業だから、じゃあね」
 と言って、くるりと体を反転させて健人に背中を向けた。そして――。
 その背中が教室の雑踏の中へ紛れてゆくのを、健人は見守ることになったのだった。

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