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じゃん・けん・ぽん!!

第3章 面倒くさい頼みごと

 【面倒くさい頼みごと】

 どっと疲れた。
 健人が教室に入ったのは、すでに始業の鐘が鳴った後のことだった。案の定、級友のほとんど全員がその健人の遅刻に野次を飛ばした。少し乱暴な連中などは、健人の首に腕を巻き付けて、もう片方の手を拳に握り、それをぐりぐりと頭に押し付けながら、級長の癖に遅刻なんてして良いのか、とか辞任しろ、とか喧しく捲し立てた。
 それらの洗礼をひと通り受けてから、ようやく自分の席へ座ってひと息ついたところだ。
 一時間目は古文で枕草子を読む予定だから、このまま教師の来るのを待てばいい。
 ため息をつくと、外から大きな駆動音が聞こえてきた。健人の席は調度窓際にあるから、何だろうと思ってそのまま窓の外へ目をやった。
 巨大な運搬車が、勢いよく道を駆け抜けていくところだった。
「あれ、煩いよなあ」
 不意に背後から声をかけられた。
 振り返ると、級友のひとりが立っていた。
「近々、この近くに工場が建つらしいよ」
 と友人は言った。短い髪を茶色に染めた無表情な男だ。体躯は、健人よりも圧倒的に小さい。殴り合いとなれば、健人はまず負けないだろう。それでも、この友人の前ではなぜだか気圧されるような奇妙な感覚を覚える。
 西岡晃仁。
 それが友人の名だ。
 晃仁は、窓辺に両手をつくと、眩しい日差しに目を細めて外を眺めながら言った。
「あの運搬車ね、毎日午前九時と、午前十一時と、午後六時にここを通るんだよ」
「なんで、そこまで詳しんだよ」
「別に詳しいっていうわけじゃないよ」
 と昭仁は言った。
「ただ、あの音だろ」
 晃仁はくるりと振り返ると、窓に背を向けて健人の方を向いた。
 健人が座っているのに対して、晃仁は立っている。体躯は健人の方が大きいが、さすがに座っていれば、立っている晃仁の方が視点が上になる。
「うるさくていつも気になっていたから、自然と時間も覚えていただけだよ」
 ふうん、と健人は唸った。健人もあの音をうるさいとは思ったのだが、時間を覚えるほどには感じていない。

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