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あたしの好きな人

第8章 新しい生命




「……咲良っ、……いい加減にしろよ、神谷…っ…!」

「……いいから、帰れ!」

……朝、目が覚めると騒がしくて、入り口のドアの前で、岳人が怒鳴っていた。

「……今の、哲?仕事のこととか、頼みたいこととかあったんだけど……」

「……メールでいいだろ?」

おからさまに不機嫌な表情の岳人、あたしと目が合うと罰が悪そうに、

フイとそっぽを向いた。

ひょっとして

やきもちとか……?

にやにやしてしまうあたしの前で、すでに朝食が用意されて、

さっさと食べるように促された。



一度自分の住むマンションに、岳人と一緒に行き、準備して病院に向かうようにする。

あたしは会社に連絡して、岳人も仕事の電話をしていて、

お互いに忙しいのに、

岳人の知り合いの病院に向かった。



岳人のお父さんの昔からの友人が理事長さんらしく、昔は東京の大学病院で働いてたみたい。

親族が病院に勤める一族で、大阪の病院の理事長のポストが空き、

今の役職についたようだ。



大きな病院の産婦人科は、全体的に暖かい雰囲気で、

妊婦さんが多く、生まれたての赤ちゃん連れの若いお母さんがいた。

おばあちゃんらしき人が、赤ちゃんのお姉ちゃんの面倒を見ている様子を見て、

胸が締め付けられた。

待合室にいる人のほとんどが、幸せそうな表情に見える。

あたしみたいな、悲壮感を出してる人はいない。



……もし妊娠してても、……おろすという決断は絶対にしない。

……誰の子かも分からなくても。


自分と同じような、寂しい子供時代を迎えると、分かっていても。

……それだけは絶対に、誰がなんと言っても、どんなことをしてでも。



……あんなに戸惑って、不安だったのに、ここに来て、

他の赤ちゃんや、それを抱くお母さんの姿や、赤ちゃんのお姉ちゃんと、おばあちゃんの姿を見て、

ただ強く思った。



おばあちゃん、あたしは、新しく産まれる命を、粗末になんかしないから。

……安心して。


……妊娠してないかもしれないけど。



だけど、変な確信があった。

赤ちゃんが出来ているっていう、そんな確信があったんだ。

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