あたしの好きな人
第8章 新しい生命
すぐに家に帰る気にならなくて、近くの公園のブランコに座る。
自分のお腹に手を乗せて、生命の力が伝わらないことに気が付いた。
いったい、いつから?
どうして分からなかったの?
少し前までは、確かに一緒にいたような、気がしていたのに……。
あたしのせいなの?
あたしが……!
「……咲良」
静かな声が、しんとした公園に響いた。
あたしの好きな、掠れたような低い声。
「……岳人」
最近、忙しく過ごしていた岳人、東京と大阪を、あたしの為に無理して、
行ったり来たりの往復、
体にいい食べ物やフルーツ、味覚が変わってスウィーツまで、
かいがいしく、用意してくれて、
とっても優しくしてくれたのに。
「……帰ろうか、体に良くない、……明日は早いんだろ?一緒に行くから……」
その言葉と気遣うような表情で、病院から赤ちゃんの話を聞いたんだと、
すぐに分かった。
あたしは項垂れて、俯いたまま、声を振り絞った。
「……ごめんね、岳人、赤ちゃん、死なせちゃった……っ、岳人の赤ちゃんだったかもしれないのに……っ…!」
俯いたまま、恐くて、岳人の顔を見れない。
岳人はゆっくりと、息を吐いた、その吐息が震えてるような気がした。
「……お前が、謝るな……!どうしてお前が謝るんだ?お前は女なんだから、俺が…もっと支えなきゃなんなかったんだよ……!」
「……そんなことない、岳人はちゃんと支えてくれたよ?仕事だって忙しいのに……っ…!」
「仕事なんかいいんだ、お前の為なら、そんなのどうでもいいんだよ……!」
ブランコに座るあたしを、岳人が後ろから、そっと抱きしめる。
お腹の上にくる、岳人の手に、自分の手を乗せて、ぽろりと新しい涙が零れた。
「……ごめ…っ、ごめんね、……ごめんなさい…っ…!」
うわごとのように、何度も呟いて、お腹の上にある手を、ぎゅっと握った。
泣きながら、誰に対して謝ってるのか、自分でも分からなく、なってきて……。
とうとう声を上げて、子供のように、沢山泣き続けたんだ。
そんなあたしを、岳人はずっと、抱きしめてくれていたんだ。