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ぜんぶ俺の物〜ケダモノ弟の危険な独占欲〜

第2章 嘘つき

「……ねえ、聞いてる?」
隣で呼びかけられて、ようやくわれに返った。
あれからずいぶんと大人になった亜貴が、怪訝な顔で私を見下ろしていた。
「え、なに、聞いてなかった」
十年以上時が経過しても、私たちはいまだに姉弟ごっこを続けている。亜貴の気持ちに応えられるわけがないのだから、そうするしか共存していく術がないのだ。
「姉ちゃんの部屋、何階?」
私たちはすでにマンションのエレベーター前までたどり着いていた。
「八階」
うい、と友だちのようなノリで亜貴が返答する。背中のリュックを背負い直しながら、絆創膏に巻かれた長い指が八階のボタンを押した。扉が閉まると妙に緊張した。亜貴も私も無言で、エレベーターの階数表示ボタンを延々と見上げていた。
(大丈夫、ちょっと上がって帰るだけ)
それでも脳裏では亜貴の言葉がぐるぐると回っていた。
『好きな人はいるけど、片想いだし』
亜貴の好きな人とは、やはり……、
「ん?」
心の声が聞こえたかのように、亜貴の黒目がこちらに向いた。
「着いたよ。左に曲がって三番目」
私の声は、すこし震えていた。
時刻は夕方十八時。定時なら、瑛人さんはそろそろ退社できる時間だろう。連日残業続きだから、その可能性はきわめて低いけれど。
「広いんだね」
亜貴はさっさと靴を脱ぎ、天井まで見渡しながら奥のリビングへと進んでいく。
「意外と片付いてるじゃん」
「……まあ」
なんとなく新婚生活をのぞき見されている気がして、居心地が悪い。エプロンを付けてカウンターキッチンの方へ逃げこむと、いそいそと土産物を冷蔵庫にしまう。
亜貴の様子を伺うと、テレビ台に飾ってあった新婚旅行の写真を手に取りまじまじとながめている所だった。
「……瑛人さんが、休日に掃除を手伝ってくれるから。共働きでもなんとかなってるの」
「いい旦那さん」
写真をながめる亜貴の目が細くなったようにみえた。
「あ、コーヒー飲む? インスタントだけど」
「さっき飲んだからいい」
「そう」
「それより姉ちゃん」
亜貴は写真を戻すと私の方を向き直る。
「相変わらずだね」
「……え」

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