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堕ちる

第1章 1

「こっちには、来てないみたいですけど……」

「嘘、もっと探してよ。テーブルの下とか」

テーブルの下ならば、二人の中間に位置している場所だ。

普通、僕に頼むより先に、自分で探すものだろう。

それを自分は知らん顔で爪なんか弄りだして、僕にお願いするとは──

やっぱり、この人はダメかと思った。

思いながらも、逆らうことのできない僕は、もう一度自分の周辺に消しゴムが無いことを確認し、それからテーブルの下を覗き込んだ──が──

咄嗟に、顔を真逆の方へ振った。

頭の中に、難解な数式を思い描く。

僕は、なにも見ていない──

そう言い聞かせた。

「なにやってんの?」

江藤さんの声。

まるで、なにも気づいていないというような──

「消しゴムは、無かったです」

「嘘。もっとちゃんと探してよ」

「いえ、本当に。なにも無かったです」

その後も数度、要求を突っぱねると、江藤さんは諦めたようにため息をついた。

「長谷川って、ほんと真面目だよね……」

それは、どういう意味か?

僕は消しゴムが無いと言っただけだ。

「ごめんね」

不意に、江藤さんがこれまでにない、しおらしい声で言った。

「ベッドの上の下着、長谷川じっと見てたから、好きなのかなと思って……」

一瞬、頭の中に空白にが広がった。

やっぱり、見られていたのか──

一拍置いて、そう思う。

普通ならば、この後はとにかく言い逃れようと、それらしい理屈を考えるところだが、そうはならなかった。

江藤さんは『好きなのかなと思って』と言った。

それは、どういう意味か?

「長谷川……」

立ち上がった江藤さんが、僕に迫ってくる。

「エッチな女の子は、嫌い?」

そんな女の子、嫌いだし不快だ。

いつもの僕なら、間違いなくそう思っている。

だがそれは、エッチな女の子の対象が僕になることは決してないと、そう思っていたからだったと、たった今、気づかされた。

意味深なことを言って、僕に迫りくる江藤さん。

僕にでさえ感じとれる、強い色気を放つ彼女のことを、不快だとは少しも思わなかった。

ただ、とてつもない動揺には襲われている。

すぐ目の前に、江藤さんが立った。

おもむろに、スカートを捲りあげる。

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