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本気になんかならない

第36章 夜は恋蛍

彼はもう、私のもとには帰らない。

わかっていながらもときどきは、あのバーへ行って、彼の来訪を期待する。

「昨日は来てたよ」
なんてマスターから聞いて、タイミングの悪さに苦笑い。

今夜も会えないか。
少し早いけど、家に帰ろうかな…。
グラスからポツリポツリと泡が旅立っていくさまを見ながら、ふうっ。

と、息を吐いたグラスに映った人影。

……へぇ、このグラスをとおすと、彼に見えちゃうんだ…なんて、ぼんやり思ってその人を見あげる。



そこには。
気のせいじゃない、本当に彼がいて


「会いたかった…」

声なく呟き、彼のほうへ。


彼の瞳は悲しげで、つらいのをひた隠していて。

早く帰りたそうで、私はひきとめたくて、お気に入りの楽譜を彼に押しつけた。

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