a faint
第52章 A-29
A’s eye
「…ってコトあったよね?」
脚立に跨って 下へ向けて手を伸ばせば 外したばかりの電球と入れ替えに 二宮さんから新しい電球が手渡された。
切れた電球へ一瞬目をやり そのまま素知らぬ顔でそそくさと台所へ退散していくそんな二宮さんの背中を見るにつけ なんだか胸のあたりがサワサワとする。
俺が回顧モードに入ると いつにも増して素っ気なくなるのは何でだろう。
”少し浸りたいだけで あれこれほじくり返すワケじゃないのに……”
毎度の事ながらとは云え 正直少し寂しくなってしまう。
向こうで水道の音と ちょっとしてからガスコンロの着火するカチャカチャと云うのが聞こえてきて どうやらお湯を沸かして 何か淹れてくれるみたいだ。
呼ばれる前に脚立を畳んで ぶら下がった裸電球を見上げた。
もう何度 こうやって電球の取り換えをやってきたんだろう。
そう思うだけと さっきまでの胸のあたりのサワついた感じがスッと薄れ そんなお手軽性分な自分にちょっと笑えた。
物入れの幅狭い引き戸を開けて 掃除機の横に脚立を押し込んでから 台所を覗くと 二宮さんの人差し指が クイクイと”あっち”を指すから 入らずに四畳半の方へと回る。
程なくして二宮さんが持ってきたカップにはブラックコーヒー。
お茶うけは 一昨日に不意打ちの様に此処へ来た松本の手土産。
エンガディーナだかエンガワディナーだか 舌を噛みそうなカタカナが並んだ洒落たお菓子この昭和前(ぜん)とした平屋に不釣り合いなラジュグ…ラグジュアリーな箱入り。
その高級菓子を口に放りこみながら ”もっと利便性の良い所に引っ越せ” だの ”朝昼晩 しっかり食ってンのか”とか 相変わらず口やかましい松本。
そんな翌日に必ずと言っていい程訪ねてくるミヤさん レイさんは 老舗の和菓子を携え
「ホント分かってないわね 松本は」
鼻先でフフンと笑うのが 最近の風景。
そんな松本のコトを 揶揄ってるのかと思いきや その実 あれこれ世話を焼いたり 彼女?彼氏?候補まで見繕おうとしてるらしい。
「ま、三月(みつき)もしないウチにミヤ達も 飽きるだろうし……松本を巡って 部下の若手やら受付嬢とかが 水面下でバトってるらしいぞ」
兄さんは可笑しげにそう云うと
「だから……」
何か言う代わりに 俺の髪をクシャと撫でた。