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a faint

第53章 N-23


N’s eye

少し開けた窓に映る雅紀の仄かに憂いた目は 呼気で烟(けぶ)ったガラスを通り越し その先に広がる薄暮に染まる海面を見つめていた。

下げた隙間から入る潮風に戦(そよ)ぐ髪を 横目でチラチラ見やりながら ”こっち向け” と仕様(しょう)もない念を送る。

海が見えてからずっと そっちへ馳せていた気持ちが トンネルに入ったコトで遮断されてしまったからだろう ガラス越しに今度は俺へと意識を向けてきて

”……何?”

眉を僅かに持ち上げただけの感情の乏しい表情が 視野の端を掠(かす)めた。

”……別に”

取って付けたように少しだけ肩を竦(すく)めてみせて 泳がせていた視線は 正面の赤いテールランプへと戻した。

雅紀の我儘…いや 思いつきは今に始まったコトじゃない。

”……ドライブ”

朝昼夜と時間軸の狂った仕事から やっと解放された瞬間に言うならまだしも 飯も風呂も済ませ 後は歯を洗うか トイレが先か それともこのままベッドにしけこむかと 寝支度最前線の真っ只中に

”……海”

唐突な呟きに ”何言ってんだ?” と冷ややかにツッコミたくなるのを パーカーと靴下、キャップまで揃え

「寒くないか?」

そんな男前発言まで添えてやれる俺は なんて出来た彼氏なんだと自画自賛する胸の内。

行きたがったわりに ノロノロと上着を羽織るのを 出そうな欠伸をバレないように噛み殺して待つ。

長めの袖口から見え隠れする二本の指が アサリの水管を思わせ フルリと身震いしてしまう。

訝(いぶか)しそうに首を傾げる雅紀へ 曖昧な笑みを渡して 脳内を違う方へと持っていく。

あの指を 昨夜 しつこいくらいに舐(ねぶ)りまくったのは 俺だ。

爪を食み 節を舐め 付け根を噛んだ。

弱い抗(あらが)いをみせる身体を組み敷いたのは玄関先(ここ)だったな と止めどもない思考の連鎖からハッと我に返れば 酷く無表情な雅紀が スニーカーにつま先を引っ掛け 急かすように ドアの施錠をカシャンと解いたトコだった。

俺を呼ぶ無機質な骨ばった背中に ワアワアと 声を上げて泣くか 喚(わめ)くか どうにかなりそうな どうかしてる どうでもいい夜が始まった。

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