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a faint

第7章 A-04


NATAXI A’s eye

細くて長い足を組んで艶然…と云うか 狡猾…と云った方が似合う大女優さんの微笑みを目の前に 俺は萎縮するしかない。

例えるなら 蛇に射竦められたカエル…と云った役どころ。

その『失敗をヤラかさない女医さん』はコーヒーを二つ運んできたマネージャーさんを片手で しっしと追い払いながら 今の今まで二宮さんと一緒だったと云う。

松本さんから深夜枠のトーク番組の収録だと聞いていたけれど 正直 そんなしょぼい番組に こんな女優さんがオファーに頷くはずがない。

それを証拠に松本さんは

「失踪なんかヤラかしたタレントに そうそう依頼が来るわけないから……」

やるせなさげな苦笑いで

”…今は何だって受けなきゃ”

溜め息と一緒に通話が切れたンだったけれど。

「腑に落ちない…って顔してる」

組んだ足の膝頭に肘をついて彼女は

「新しいドラマが始まるの、その番宣も兼ねてね、それに……」

綺麗な親指の爪の端をカリと噛むと

「……二宮が出るらしいって聞いたから」

言外に だからオファーを受けんだ と眼を細め コーヒーの一つを俺の方に押しやると

「意外に二宮のコト 買ってるのよ、アタシ」

ふふん と顎先をクイと上げる彼女のこう云うちょっとしたわざとらしい高慢さが このヒト流の可愛さなんだろう。

竹を割ったような気性の彼女は いつ会っても利発で聡明、それは初対面の時もそうだった。

俺が二宮さんの送迎を始めた頃 連日連夜浮き名を垂れ流しし続ける彼が 飽きもせずシトロエンに連れ込もうとした女優さんの一人。

車中でキスは辞めて欲しいと言った矢先のコトで 溜め息ついた俺と 彼女の目がルームミラー越しに合って。

ははぁんと何かを察知したんだろう彼女は 少し眉を上げ 頷くと今まさにキスを仕掛けようとしている二宮さんを押しのけて

「ビジネスライクのキスなら付き合ってあげるけど……」

そう言って鳩尾(みぞおち)にグーパン一発 見舞い

「アンタ、彼女だか彼だか 居るでしょ。そう云うのとキスする趣味ないの。面倒くさいコトはお断り、坊や」

二宮さんの鼻先をムギュっと摘むと コートの裾を翻して颯爽と降りていった……と云うのが事の顛末。

「……で?まだ運転手やってんの?」

彼女の声に 手元のコーヒーから視線を正面に戻した。

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