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a faint

第8章 N-03


N’s eye

この胸の内に巣食う暗く濁った黒い澱(おり)を 何処か遠くへ ずっと遠くへ 置き去りにしてしまえないか。

どうか この報われない愛に……鎮魂を。

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ケタケタと誰彼無しに軽快に笑いかけ そのクセ 変に引っ込み思案。

警戒心と距離感のバランスが滅茶苦茶な上 人懐っこさ全開で奔放 気儘 お天気屋。

色気より食い気を地で行き 年がら年中アップテンポな上向き調子。

そんな余所行きで他人行儀なレッテルが 俺の前で一枚二枚ハラハラと 剥がれ堕ちていく深夜帯。

シートベルトをキュッと握り ”ニノ” と口角を横に引きかけて 咄嗟に ”カズ” と言い直すのが オマエのONからOFFへの切り替えなんだろ。

滑り込んだ地下駐車場の蛍光灯は チカチカ瞬(またた)き 今にも事切れそうなのがデフォルト。

その薄暗さに託(かこつ)け 助手席から降りたアイツの背中を キーロックするよりも先に コンクリートの柱に押し付けて キスを貪ぼるのもデフォルト。

手から落ちたリュックの中に何が入っていたのか カコンと金属音が 冷えた地下空間に響いた。

ヌチャヌチャと唾液を交わす粘着質な口付けに 早くも欲情したのか 股間をグイグイ押し付けながら

”非道くして”

独り言ちるオマエの肩を手のひらで抑え

”待て”

言わずにワザとらしく舌舐めずりする。

肩の痛みに顔を顰めたのは ホンの一瞬、直ぐ様 陽炎みたいな儚い微笑を浮かべると

”ズルい”

俺の首に腕を回し そっと耳に囁くから 始末に負えない。

ズルいのはオマエのほう。

俺がアンタに非道なコトが出来ないのを知っているクセに ”非道くしろ” と強請るアンタのが余っ程非道いヒトだ、しかも こんなトコロで。

それなのに そんなアンタの一挙手一投足に一喜一憂してる憐れな俺。

『今年一番の大寒波』とネットニュースのTOPに上がるほど凍えた夜、寄り添う相手にリーダーでも松本でもなく ましてや甘やかしの櫻井でもない『俺』を選択してくれたコトを嬉しくもあり 虚しいとも思う。

恋人と云う枷(かせ) 情人と云う箍(たが) 愛人と云う錠。

選り取りみどりの立ち位置の どれを選べば俺が俺らしく在るコトが出来るのか。

摘んだ細い毛先を食みながら 今夜も暗い澱みがポタリと胸内に溜まった。

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