a faint
第9章 A-05
A’s eye
焼きたての三枚重ねたホットケーキ。
四角いバターを乗せて 半溶けになった頃合いで メープルシロップをかける。
溶けたバターと甘い蜜が 縁から側面を伝って垂直に落ちていく。
平らな焼き面をフォークで軽く抑え ナイフをグッと差し込む。
切り取った分厚い三角のワンピースを 一口で頬張る孤独な夜。
オマエの為に焼いたのに 何でオマエは此処に居ないンだ。
深夜に独りごちながら 自作の甘いホットケーキを
キッチンで立ち食いしてるなんて ある意味ホラー……いや 拷問か。
食べたいって……相葉さんの焼いたホットケーキが食いたいって 出勤して早々の楽屋で散々ごねたのは 何処のどなたさんでしたっけ?
仕様がないから作ってやるよって……国産小麦使用のホットケーキミックスと 今朝取り卵と ジャージー牛乳をわざわざ買ってきて……俺の方が先約だったはず。
なのに 収録が終わって ゲストに誘われたオマエは 満面の笑み浮かべ サラリと言った。
「俺 今夜フリーなんスよ」
え? と思わず上げてしまった声に 怪訝な顔を向けてくるから 何も言えない 言い返せない。
しつこいって言われたくないし クドいってヤな顔されたくもねぇから 芸人達と連(つる)むオマエの後ろ姿を 聞き分けの良いヒトぶって見送るしかなかった。
二時間はゆうに経過した頃 立て続けに何度も五月蝿く鳴るLINEの通知は 多分アイツから。
今頃 気づいたか 思い出したか 遅っそ。
せめてもの意地で 既読はつけない つけてやらねぇ。
溶けていたバターが 皿の上で白く固まってくのが
目に入る。
早く食べないと冷めるのに。
一足飛びにオマエを呼べる魔法の言葉って何だっけ?……アブラカタブラ ちちんぷいぷい ビビデバビデブー……誰か教えてくれよ。
チカラまかせにフォークを突き立てれば 琥珀色のしずくがポタリと落ちた。
抱えた膝 咥えタバコと軽い胸焼け。
くそったれ………………………………もう 寝よ。