a faint
第12章 A-07
A’s eye
「そんな名残り惜しそうな顔がするなよ……」
俺の濡れた口唇をそっとなぞった二宮さんの親指が
「……まるで桜だな」
そう言って俺の目尻に触れ フフと含み笑いする。
頭のてっぺんからボフンって擬音が飛び出した気がして 今 多分 俺の全身……火照って 桜色。
咲イタ 咲イタ 桜ガ 咲イタ
この春 俺と松本は 晴れて大学生となった。
中高一貫 六年間過ごした学校を卒業する日は もう春の気配が もうそこまでってくらいの時期なのに スゴく寒くて 雪までチラつく始末。
そのどんよりした曇り空が 切なさとほんの少しの寂しさを更に募らせて それに後押しされた俺の涙腺は 式の初めから ついでに言うと終わっても緩みっぱなしだった。
「松本と行け」
兄さんの爆弾発言と一緒に搭乗券と行程表のセットを手渡されたのは 卒業式の次の日。
手元のコピー用紙に目を落とすと 欧州辺りの地図と周遊するコースが書き込まれていて 卒業旅行と銘打つには贅沢過ぎるだろうと 兄さんの顔を見やると
「もう オマエのお守りからアイツを外すから」
口を開いたのは大野さん。
「え?」
「松本の代わりが出来たろ?」
それは詰まるところ 兄さん等なりに 二宮さんのコトを容認してくれたのかなと ご都合主義な解釈をしてしまう。
兄さんが
「嬉しそうな顔しやがって……」
俺の髪をクシャリと一撫でした後、眉間にちょっとシワを寄せ
「あのオトコ……堅物そうに見えて そうとう女遊びしてるぞ」
”オマエはそれでも 良いのか?”
俺を見詰める細めた目がそう云うのに 俺はただただ頷き返すだけだ。
良いも悪いも 好きなんだから仕様がない。
溜め息を零(こぼ)しながら 肩を竦める二人に
「……アリガトウ」
机の引き出しを開けて パスポートを取り出すのと一緒に 用意してあった小箱を二つ 手にして
「兄さんと大野さんに……」
顔を見合わせた二人へ 強引に押しつけた。
俺 ご贔屓ブランドのラペルピン。
プラチナとゴールドの色違いで デザインも微妙に変えてある。
通ってる予備校での空き時間、チューターのバイトをして買った正真正銘自力でのプレゼント。
互いの襟にピンを付け合いっこしてる兄さんらを見てると ちょい笑えて ちょい泣けた。