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a faint

第17章 N-08


N’s eye

きっと 俺の与り知らぬトコロで 何かあって 虫の居所が悪かったンだろう。

俺より半刻ほど遅れて聞こえた ”ただいま” の声に ”あー” と生返事しただけの俺に アイツがどんな顔をしていたのかなんて 分かるはずもなく。

背後から伸びてきたヤツの手がゲーム機とスマホを奪い取り 黙ったまんま寝室を出ていって はや小一時間。

今はソファーの上で クッションに頭を埋めて 背凭れ側へ顔を向け 不貞寝してるに違いない…多分…おそらく…いや 確実に。

ここ一週間は いつにも増して朝から晩までタイトでヘビーなスケジュール。

そのうえ 昨日から今日明日にかけて 寒の戻りとかで 真冬並みの気圧配置が天候を悪くして 正に踏んだり蹴ったり。

そんな中 ハードな野外ロケを幾つも抱(かか)えているアイツを 体力温存が必須な深夜に 寒いリビングの、しかも寝心地の悪いソファーへ追いやったのは 他ならぬ俺だ。

久々の失態に 反省しきり。

いつもは敷布と掛布の間の何処へ手足を伸ばそうとも 互いの体温で程よく暖かいのに 今日は ほんの少し手を横にスライドさせただけで ヒヤリとしたシーツの冷たさが地味に堪(こた)える。

自分一人の体温じゃ 暖まる範囲なんてたかが知れてる。

粟立った肌を手のひらで擦(こす)りながら

”寒いし…”

ボヤいたトコロで 温(ぬく)もるはずもなく

”…足りない”

それでも 冷えきった室温に怯(ひる)んで なかなか上掛けを捲(めく)れないでいる自分の、その身勝手さが 苦々しい。

「…ヘッ……クシ」

ドア越しに小さなクシャミが聞こえて ええいままよ と反動をつけ 一気に身体を起こすと 床の上に脱ぎ捨てていたジャージを 拾って 羽織る。

下ろした裸足の裏から フローリングの冷たさが沁み 小刻みな震えが マンガみたいに爪先から 頭のてっぺんまで一気に抜けていく。

”待ってろ 今行く”

開けたドアの隙間から 目だけで向こうを覗き込むと 案の定 ソファーの上にある痩せぎすなシルエット。

部屋着の裾が捲れて チラ見えしてる寒そうな背中へ 一歩 二歩 静かに距離感を詰めていく。

テーブルの上へ無造作に置かれたスマホとゲーム機へ きっちり充電器を繋いであるのが 泣けてくる。

だから

”ゴメン……オマエが居ないと俺は眠れない”


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