a faint
第18章 A-09
A’s eye
”……雅紀”
そう呟いて この口唇にキスしてくれたのは 二宮じゃない。
―――――――――。
対岸の 遊歩道をランニングしているのは 何処かこの近く学校の野球部員だろう。
遠目でも分かる白いユニフォームと 所々に茶色く付いている赤土、肘まで捲られている黒のアンダーシャツのコントラストが 目にも鮮やかで眩しい。
脇に置いたサックスのベルに視線を落とせば 少し傾きだした午後の陽の光が 何の手入れもしていないのに キラキラと照り返してるのが やけに嫌味っぽい。
燻らせているタバコの煙を 大口開けて フカーッと一息に吐き散らしたタイミングで
『あのーもしかして……』
”もしかしません”
口を開くのを計ってたかのように 声が掛かる。
『…相…ば「違います」
”違わないけど”
一刀両断 即否定。
『でも……』
”でも って何?……違うっつってるだろ”
「似てるって よく間違えられるンですー」
面倒いコトは 先手必勝、素っ気なく棒読みで返す。
”似てるも何も 本人なんだけど…”
「他人の空似って言葉、ご存知ないです?…あ、写真は勘弁して下さい」
”写真イヤなんだっての、ついでに言うなら笑うのもな”
『ご本人じゃないなら 一枚だけ……』
”本人だろうが そうじゃなかろうが ダメだっつうの”
「……ごめんなさい」
”ソックリさん GET…とかって呟く気だろ…ってか そこのオンナ 隠し撮りしようとすんな 肖像権侵害で訴えるぞ”
胸の内でシッシと手を払い 目を一度も合わさず 終始つっけんどんに徹したら やっと離れていったSNS女子共。
くだらないやり取りをしてる間に 野球少年達は行ってしまった。
ゆっくり傾いてゆく太陽が それでもまだ眩しくて 欠伸するのと一緒に そのまま後ろへ寝っ転がった。
背中に沿う土手は程よい傾斜で 顔を横に巡らすと 黄色い蒲公英が 吹く風に小刻みに戦(そよ)いでいる。
マスクを少しずらして 深呼吸した途端 鼻がムズッとして 間髪おかずにクシャミが三連発。
”……あー やっぱダメか”
元の位置に戻したマスクの下で かさつく口唇を舌先で舐めながら 空を仰ぎ見て
「はぁ…キスしたい」
ボヤけば
”……キスしてやるよ”
黄色い花が 揶揄うように風に揺れた。