a faint
第22章 A-12
A’s eye
午後の講義が一コマしかない日は 何だか嬉しくなって 妙にテンションが上がってしまう。
夕方の退勤ラッシュに巻き込まれて 不愉快な思いをするコトもなく 余裕のある電車内でゆっくり吊革に掴まって 窓の外を楽しむゆとりさえある。
最寄り駅前のファストフード店だって 窓際の席に座れて ハンバーガーを頬張るコトだって出来る。
そんなまったりと寛(くつろ)いだ本日の午後三時、フライドポテトLサイズとコーラで小腹を満たしながら 昨日の『食事会』と銘打ったお見合い擬(もど)きを思い出す。
”たまには一緒に食事でもどうだ?”
親父の秘書さん経由でコンタクトがあったのは 四コマ目の講義が終わって駅に向かっている途中。
珍しいコトもあるもんだと 寄越された車に乗って行き着いた先は 某高級ホテルの超有名イタリアンの店。
親父ともう一人居たのは 兄さんでも 義姉さんでもない多分同年代の小綺麗な女の子。
親父の目論見なんか一目瞭然。
”……しまった”
後退ろうにも 親父の秘書さんが ガッツリ真後ろをガードしていて 助けになる兄さん達から 北欧へ出張とかLINEがきてたのを今になって思い出し……だから もう……全て あとのまつり。
兄さんからの横槍が入らない間に…って やり方が狡(こす)いンだよ 親父のヤツ”
贅を尽くした食事は ホントなら心ゆくまで楽しみたいのに こんな騙し討ちみたいな見合い擬(もど)きにハメられ 美味いはずがない。
今 摘んで食べているチープなポテトのが 昨夜の高価なイタリアンより 数倍美味しく思えるのは きっとアノ人の近くに居るせい。
目線を上げた先には 炭酸飲料の缶を自販機へと手際良く補充していく見慣れた猫背。
指先に付いた油と塩を舐め取って コーラを飲みながら 働く後ろ姿を堪能する至福のひととき。
俺が以前と真逆の通学経路になったのと同時期に 二宮さんの巡回ルートもこちらへ移り ”これって運命?!” なんて はしゃぐ俺を尻目に アノ人が冷ややかに宣(のたま)うには
「……偶然だろ」
二宮さんのコトだから しれっとルート移動願いを出してそうだけれど そこは敢えてツッコまず 口を噤んでおくのがベターだってくらい俺にだって分かる。
そう云うのが大人流の照れ隠しなんだろうけど 何だか つれない。