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a faint

第33章 A-18


A’s eye

お疲れさま…

…つかれさまっ したー

行き交う声と言葉が遮られたのは バタンと云う音がして 楽屋のドアが閉められたからだ

騒々しさの遠のいた部屋で

”……本日ノ営業ハ終了イタシマシタ”

そっと独り言ちた後 はぁー と溜め息が長々と出るのにまかせて 壁際に並べてあるパイプ椅子へ ヨロヨロと腰を下ろした……までは朧気に認識していた…多分。


……
………

「…………葉さん………………雅紀!」

手首をグッと掴まれ ハッと我に返った。

知らず知らずのうちに 意識を何処ぞへ放り出してたっぽい。

低いトーンで俺を呼んだのは二宮。

隣りの椅子からこっちへと 尻半分はみ出さんばかりに ピタリと貼り付いて 一分の隙も無い密着ぶりで 俺の横に座っていた。

控え目だけれど 妙に凄みのある声が

「雅紀……」

も一度俺を呼び 痛いほど強く腕を引っ張られた。

「……ニノ…ミ…ヤ?」

歯と口唇の境い目が変に渇いて 何だか妙な片言の物言いになる。

「止(や)めな」

何のコトかとその目が見ている先を追えば そこにある俺の爪は みっともなくガタガタで ささくれからは血が滲んでいた。

知らず知らずのうちに 爪を噛んでいたらしい。

途端 頭を掠めたのは 明日のキッチンスタジオでの撮影。

良くも悪くも手元がアップになる。

無意識だったとは云え 己の迂闊さと やっちまった感が半端ない。

どうしたものかと視線を彷徨(さまよ)わせてる俺の指先を

”仕様がないヤツ”

肌理の細かな柔い皮膚で被われた少し短い指の腹が 呆れたようでいて そのくせ優しい仕草で慰める。

ククッと妙な引っかかりを感じるのは おそらく歪(いびつ)になった爪のせいだろう。

少し俯く横顔の 顎から項(うなじ)までの シャープなラインが目に入る。

左手の薬指の付け根に落とされた柔らかなキスに ピクと身体が竦(すく)んだ。

「………感度良好」

ニヒルに口角を上げる口の その余裕が悔しくて 顎先を掴まえて 深く口づけを仕返す。

何の気取りも 何の気遣いも要らず 此処に在るのは俺ら二人だけ。

明日のコトを 今考えるなんてどうかしてる。

だったらと その首に腕を絡めて 引き寄せた。

窓硝子を強く打つ雨音に 目眩と吐き気がした。

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